15.
                                        

店に入ってざっと店内を見回すと、俺に気付いた白木が手を振った。
小さく溜め息をついてその方向へ歩き出す。昨日遊園地で白木に会ってから、俺と景の話をしなきゃいけないと思うと正直気が重かった。
俺と景が義姉弟だって説明するのは、まぁ、いいとして…。俺は白木が景を好きだってことを知ってたわけだから、何で黙ってたんだとか言われるんじゃないだろうか。
白木はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべているのに、俺はどうしても、その顔が獲物を見るような表情に見えてしまう。
「昨日、遊園地でパレード見たか?」
俺が正面の席に座ると、白木の方から切り出した。
「見た。…景が見たがってたから」
「“景”ね…」
景を呼び捨てにしたことに、白木が反応して苦笑した。
「そういえば景ちゃんもお前のこと呼び捨てだったよな」
「まぁ、いちおう姉弟だし…。義理だけど」
ふーん、と白木は頷いて、俺が来る前に買っていたらしい飲み物を飲んだ。
「あのちびっ子が実の弟なんだっけ?」
俺が頷くと、また「ふーん」とだけ言った。

それから少しの間白木は黙って飲み物を飲んでいた。
いろいろと聞かれるんじゃないかと思っていただけに、ちょっと拍子抜けしてしまう。
そのうちに飲み物を飲み終えた白木が、パッと立ち上がった。
「さて…。どこいく?」
「は?」
「ゲーセンとか?…あー、俺CD欲しいんだった。ちょっと付き合えや」
白木は紙コップを握りつぶして、放り投げるようにゴミ入れに捨てた。
さっさと歩いていく白木を追いかけて、俺も店を出る。
今日呼び出されたのは景の話をするためじゃなかったのか…?
「白木」
隣に並んで声をかけると、俺の表情から言いたいことが分かったのか、白木は苦笑した。
「他になんか聞きたいことあったんじゃないのか?」
うーんと唸るような声を出して、少し迷うような素振りを見せた。
「聞いたほうがよかった?」
今度は俺が唸る番だった。
正直、聞かれても困る。義理の姉弟といっても、俺は景のことをあまり知らない。
むしろ、知らないことの方が多いんじゃないだろうか。
「俺…、あんまり景と仲良いわけじゃないから…」
白木が俺を見ているのが分かっていたけど、視線は合わせなかった。
「昨日は一緒に遊園地行ってたじゃん」
「あれは…景の弟が行きたいって言ったから…」
少し離れた場所に停まっているバスに目を向けていると、笑うような声が小さく聞こえた。
「…なに笑ってんだよ」
今近くにいるのは白木だけで、笑ったのは白木以外にいない。
「べつに」
はぐらかすようにそっぽを向く白木に、俺もそれ以上追及しなかった。


白木に付き合ってCDを買いに行ったあと、適当にぶらついて、そのあと本屋に入った。
俺たちはいちおう受験生だから、参考書の棚へと向かう。
こうやって出かけていられるのも今のうちだけだろう。
一冊手にとってパラパラと中を見ていると、白木がそれを覗き込んできた。
「参考書ってどれがいいのか分かんないよな」
白木の言葉に頷いて、持っていた参考書を棚に戻して別の物を取り出した。
「三門、志望校決めた?」
「まだ。何校かしぼってはいるんだけどさ」
少し間を置いて、白木が言った。
「…景ちゃんは?」
俺は参考書から白木に視線を移した。
知らない。
景がどんな進路を考えてるかなんて、聞いたことがない。
「…ごめん。知らない」
俺の返事が予想外だったのか、白木の目が少し大きくなった。
「大学の名前とか、全然聞かねぇの?」
「全然。進学するのか就職するのかも知らない」
一緒に暮らしてないし、とまでは言わなかった。言えば言うほどむなしくなってくる。
「マジで何にも知らないのか…」
「知らない」
「景ちゃんは進学組」
何で知ってるんだ、と思ったのが白木に伝わったのか、盛大な溜め息をつかれてしまった。
「…俺、腹減った。とりあえず飯食いに行こ」
パタンと参考書を閉じて棚に戻したあと、先に歩いていく白木を追いかけた。

「で、何で景が進学組だって知ってんの?」
ハンバーガーにかぶりつく白木に、本屋で中断した話を再開させた。
「三門は転校生だから知らないんだろうけど、うちの高校は奨学生ってのがあるんだよ」
「授業料とかが免除されたりするやつ?」
モグモグと口を動かしながら、白木は黙って頷いた。
「奨学生は大学に進学する意思のある者、っていう条件があるんだと」
白木が言うには、1年生の1組は全員奨学生なんだそうだ。2組以降は一般生。2、3年では奨学生も一般生も関係なくクラス分けされる。
白木は景が1年の時に1組だったことを覚えていて、進学組だと言ったらしい。
「景ちゃんは理系だったよな」
「それは知ってる」
文系と理系でクラスが分かれることは知ってる。俺も景も理系クラスだ。

話し終えた白木から、自分のハンバーガーに視線を落とした。
なんだか、俺より白木の方が景のことを知っているような気がしてきた。
俺は本当に景のことを知らない。
これで“家族”と言えるのかと、寂しさとむなしさがこみ上げてくる。
俺は食欲が失せて、結局、ハンバーガーを途中で放棄した。