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昼食を済ませたあと、またいろいろなアトラクションを制覇した。
夕方にはゴールデンウィーク中だけ催されるパレードを見たんだけれど、あたしはこれが一番楽しみだった。
この遊園地はそんなに大規模なものではないけれど、期間限定で力を入れているのか、パレードはかなり見ごたえがあった。
パレードの内容は毎年変わるから、前に来たときとは全く違っていて面白かった。
また来たいな、と思う。
駅へと向かって歩きながら、ちょっと遊園地の方を振り返った。
来年も来れるだろうか。来るとしたら、誰と来るんだろう。
そんなことを考えていると、ヒバリにつないでいた手を引かれた。視線を向けると、まだ興奮しているようなキラキラした目があたしを見上げてくる。
「景ちゃん、また来ようね!」
まるで考えていることが聞こえたかのようなヒバリの言葉に、思わず笑ってしまった。
「そうだね」
「戒くんも一緒だからね」
あたしが頷くのを確認してから、今度は戒の袖を引っ張った。
ヒバリは戒にずいぶんなついているみたい。ほんの数日前に初めて会ったっていうのに。
通勤ラッシュほどではないけれど混んだ電車に乗って、ヒバリの家の最寄り駅までいった。
いったん電車を下りて、改札に向かう。
「ヒバリ、もう暗いから送っていかないと危ないよ」
家まで送るというあたしや戒の言葉に、ヒバリは首を横に振った。
「ちゃんと迎えにきてくれるって言われてるから、大丈夫だよ」
改札の手前でヒバリは立ち止まった。笑顔であたしたちを見るけれど、なんだかそれが作り物のような気がしてしかたない。
数日前に突然ヒバリが家に来たときから、ちょっと様子がおかしいと思っていたんだけれど…。やっぱり、何かあるのかもしれない。
リュックの肩の部分をぎゅっと握り締めている手は黄色くなっていて、手に力が入っているのが分かる。
「ヒバリ…」
なにかあったの?と聞こうとしたとき、先にヒバリが口を開いた。
「あのね!」
勢いよく言ったけれど、そのあとの言葉が出てこないのか、また口を閉ざしてしまった。
「なに?」
ヒバリと目の高さを合わせるように身をかがめて、頭をなでてやった。
言いたいことを整理するように少しの間うつむいて、さっきまでの勢いを失ってしまった声で、呟くように口を開いた。
「迎えに来てくれるのは、僕の……新しいお母さんになるっていう人」
最後の方は消えそうなほど小さな声になっていた。
あたしに心配をかけないようにとでも考えているのか、ヒバリは一生懸命笑顔を作ろうとしている。
ヒバリはまだ小学校3年生になったばかりで、義母となる人に対してどんなふうに対応すればいいのかわからないんだろう。
あたしにしてみても、母が再婚したとき、確かに少し戸惑った。だけどあの時あたしは17歳だったし、まだ8歳のヒバリとは感じが全然違っていたと思う。
「でもね、僕、あの人と仲良くなろうと思って頑張ってるから」
「うん」
不安を押し隠すような表情のヒバリの頭をゆっくりとなでながら、あたしは笑いかけた。
「無理しないで、ゆっくりでいいんだよ」
うん、とヒバリは小さく頷いた。
「でも、疲れたらいつでも連絡ちょうだい」
ポケットから取り出した携帯を左右に振りながら、会いに行くから、と付け加える。
うん、とまた頷いたヒバリの顔に少しだけ笑顔が戻ってきた。
人間関係なんて一日やそこらでどうにかなるものじゃないんだから、ちょっとした逃げ道だって用意しておかなきゃね。
改札を通過して歩いていくヒバリの背中から、そっと景に視線を向けた。
その横顔からは何を考えているのか読み取れないけれど、きっとヒバリのことを考えているんだろう。
初めて会った時から、ヒバリの様子が少し引っかかってたんだけど…。義理の母親のことがあったのか。
俺はどうしてたっけ…?
まだ1年もたっていないのに、あまり思い出せない。
思い出せないってことは、そんなに苦労はしなかったんだろうだけど。
むしろ問題は義母より義姉かな、俺にとっては。
そもそも、俺は景の携帯の番号もアドレスも知らない。
それが、俺と景の見えない距離を明確に表しているんだろう。
遠い、と思う。
他の誰よりも遠いんじゃないかとさえ感じる。
ヒバリは背の高い女の人の所につくと、振り返って手を振った。
あの人が、ヒバリの新しい母親。ここからじゃ顔はよく見えないけれど、その人は俺たちに頭を下げて、ヒバリと二人で帰っていった。
それを見届けてから、またホームに向かう。ヒバリがいなくなったことで、また俺たちには会話がなくなった。
電車の中で並んで立ちながら、暗くなった街を見ている景の横顔に視線を向けた。
他の人から見たら、俺たちはどんな風に映るんだろう。
姉弟と見てくれる人はいるんだろうか。
もしかしたら、俺たちは名前も知らない赤の他人にしか見えないんじゃないだろうか。
自分でそんなことを考えておきながら、少し寂しく思ってしまうことに、内心苦笑した。
近づこうとしても、見えない距離はむしろ広がっていくようで。誰にも気付かれないほど小さく、そっと溜め息をついた。
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