11.
                                        

ねぇ、景ちゃん。
景ちゃんは、僕の自慢のお姉ちゃんなんだよ。
僕ね、景ちゃんが自慢に思ってくれるような弟になりたいんだ。
どんなことでも頑張ろうって思ってる。
だから、あの人と仲良くなれるように頑張ろうって、思ってるよ。
でもね…、やっぱり不安なんだ。
景ちゃん。僕、頑張るから。頑張りたいから。
今日だけは、景ちゃんと一緒にいさせてね。




「景ちゃーん!戒くーん!」
改札を抜けると、子供特有の少し高めの声が飛んできた。
家に来たときと同じリュックを背負ったヒバリが、あたしたちの方へと駆け寄ってくる。
「遅刻だよー?」
ちょっとすねたような声音だけれど、その顔にはウキウキした気持ちが浮かんでいる。
ごめんね、と謝って歩きだした。
遊園地までは駅から歩いても5分程度。その道のりを、ヒバリはスキップでもしそうな勢いで進んでいく。
ただ、リュックの肩に掛ける部分をぎゅっと強く握っているのが、少し気になった…。

「何から乗るの?」
一日フリーパスを手渡すと、ヒバリは嬉しそうにパスケースに入れた。
「えーっと」
左隣に並ぶ弟に目をやると、首をめぐらせて園内をざっと見回している。
前に来たときも…。
家族4人で来たときも、こうやってキョロキョロと周りを見回していた。今よりも背の低い小さなヒバリの姿が
ダブって見えて、気付かれないように笑った。
変わらない部分が見えて嬉しい。
「ねぇ、戒くん」
あたしたちの後ろ、1mくらいの距離を置いて立っていた戒が、ヒバリの声で視線をこちらに向けた。
「最初からジェットコースターでもいい?」
「いいよ」
おかしそうに笑ってうなずく戒を見て、またヒバリを見た。
そう。
ワクワクしている表情も、同じ。
変わらない、ヒバリの顔。


「ここで待ってるから」
すぐ目の前を通過するジェットコースターの音を聞きながら、あたしは立ち止まる。
ヒバリのリュックを受け取って、二人を見送った。
入り口の前でこっちに手を振るヒバリに、手を振り返してレーンに目を向ける。
本当に、何でこんなものに乗れるんだろうか。あんなに高い所から、一気に落ちてくるなんて…。
また騒音が近付いてきて、目の前を派手な乗り物が猛スピードで通過していく。
あたしは、見てるだけで十分…。



ゴールデンウィークだけあって、どの乗り物にも長い人の列が出来ている。
まぁ、どこぞの巨大テーマパークと比べればずっと少ないけれど。
「いっぱい人がいるね」
人の列の前方から後方へと視線を移しながら、ヒバリが呟いた。
並び始めてから20分程度。やっと派手な車体のそばに来た。
次の次には、乗れるんじゃないだろうか。
「待たせてばっかりじゃ、景ちゃんがつまらないよね…」
少し表情を曇らせたヒバリの頭に、手を置いた。
ヒバリの中で景が占める割合は、かなり大きいらしい。今は一緒にいられない分、余計にそうなってしまうんだろう。
「ヒバリが楽しいなら、景は気にしないんじゃないかな」
景の様子を見れば、弟がかわいいと思っているのが分かる。
少し考えるように間を置いてから、ヒバリは小さくうなずいた。それを確認して、前に進むように促す。
係員に止まるように指示されて、立ち止まった。
「ヒバリ」
隣りを見下ろして、笑った。
「一番前に乗れるよ」
うん、と見上げてくる笑顔を見て、ヒバリは景の弟なんだと、再認識した。


ヒバリに比べれば。

俺と景の距離は、ずっと、遠い。