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  09.
                                        

しばらく、二人を眺めていたけれど。
いつまでもそうしていたってしかたがないから、ソファーから立ち上がった。
きっと、景とヒバリは久しぶりに会ったんだろうし。
俺は邪魔にならないように、さっさと自分の部屋に行こう。
そう思って、今度こそリビングを出ようとした俺に、ヒバリが声をかけてきた。
「あれ?戒くん、どこ行くの?」
「自分の部屋に戻ろうと思ってさ」
ゆっくりしていきなよ、と笑いかけると、ヒバリが近寄ってきた。
小走りでそばまで来ると、俺を見上げる。
「あのね、僕、戒くんにお願いがあるんだ」
なんだ、と思いながら、腕を引かれてソファーまで引っ張られた。
結局、今立ったばかりのソファーに逆戻り。
「お願いって?」
苦笑しながら、ヒバリを見る。
本当、ヒバリは景の弟なんだって実感した。
景と同じように、ヒバリに対しても、俺は上手く自分のペースが保てないらしい。
俺が尋ねると、神妙な顔をして口を開いた。
「戒くん、ジェットコースター乗れる?」
ヒバリの表情と質問がチグハグな感じがして、ちょっと笑ってしまった。
キッチンに目を向けると、俺たちの様子を見ていた景と目が合った。
そして、困ったような笑みを返される。
「乗れるよ」
俺の返事に、ヒバリの表情がふっと緩んだ。
「よかったー!」
嬉しそうな声を上げて笑う。
ヒバリの表情は、コロコロとよく変わる。そこが景とは違うところなんだけど。
「僕ね、遊園地に行きたいんだ。ジェットコースターに乗りたいの!」
あぁ、そういうことか。
「戒くんも一緒に行ってくれる?」
首をかしげるようにして、俺を見上げてくるんだけれど。
俺と、一緒に乗る気でいるんだよな。ヒバリは。
でも…景は?
「行くのはいいんだけど…、景とは乗らないのか?」
俺とじゃなくて、景と乗ればいいのに。
景の方に視線を走らせると、どこかばつの悪そうな表情をして、ヒバリを見ている。
「え?だって、景ちゃんは…」
俺の反応に、ヒバリの方が驚いた顔をする。
パッと景の方を向いて、また、俺を見て。
何度か俺と景を交互に見ると、えっとね、と呟くように言った。
「景ちゃんて、ジェットコースターとか、苦手なんだよ」
「……苦手…」
景に、苦手なものなんてあったのか。
絶叫系に乗れないことよりも、苦手なものがある、ということに驚いた。
誰にでもダメなものはあるに決まってるんだけど。
俺は、景には苦手なものなんてないような、そんな勝手な印象を持っていたから。
「だって…ダメなものはダメなのよ…」
俺が驚いた表情で見ていたからか、景は少しすねたような顔で呟いた。
「ねぇ、戒くん。いいでしょ?3人で遊園地行こうよ」
ちょっと笑いながら、ヒバリにうなずいて見せた。
「いいよ。ゴールデンウィーク中に行こうか」

すねたような表情も。
嬉しそうにヒバリと話す表情も。
困ったように笑う表情も。
楽しそうに笑う声も。
ヒバリが来るまで俺が知らなかった、景のたくさんの顔。
俺の知らない景を見れたことを、ヒバリに、心の中で感謝した。