08.
                                        

ヒバリの豹変に、少し戸惑った。
何って…言われても。
俺を見上げて睨みつけるヒバリの顔から、ふと視線を落とす。
ひざの上に置いた手を、ぎゅっと握り締めていた。
「…ヒバリと同じで、俺も景の弟だよ」
少し悩んで、結局そう答えた。
「え?」
俺の返事に、ヒバリはビックリしたように声を上げた。
細められていた目が、また大きく開かれる。
なんで?どうして?と、質問攻めになってしまった。
ヒバリが何歳なのか知らないけれど。何にせよ、小さい子供を相手にするのには慣れていない。
「あー…えっと、ね…」
早く戻って来い、と玄関に出て行った景に心の中で呼びかけてしまう。
「ヒバリくんのお母さん、再婚しただろ?」
「……うん」
“お母さん”と言う単語で、ヒバリの表情が曇った。
「じゃあ、お母さんと結婚した人の子供が、戒くん?」
そうだよ、とうなずいて立ち上がる。
「ヒバリ、何か飲む?」
暗い表情になってしまったヒバリに、話題を変えて尋ねた。
ヒバリは父親に引き取られたんだろう。母親の話題は、まだダメなのかもしれない。

「戒くん、ここに住んでるの?」
ジュースをヒバリの前に置くと、小さな声が聞こえてきた。
「そうだけど」
ひざの上に置かれた手は、まだぎゅっと握られたままだ。その手を見つめるように、うつむいている。
「……僕も、景ちゃんと一緒に暮らしたいな…」
聞こえるか聞こえないか、きわどい大きさの声で、ポツリと呟いた。
「ヒバリ?」
声をかけたところで、景がリビングに入ってきた。
その瞬間、ヒバリの顔に笑顔が戻る。かわいいという表現がピッタリの、あの表情。
景に話しかけるヒバリと、あまり見られない笑顔の景と。
この血のつながった姉弟を交互に眺めながら、ソファーに沈み込んだ。
ヒバリの手は、もう握られてはいない。
さっきの俺を睨む顔や、寂しそうな顔を見たあとだからなのか。ヒバリの、今の笑顔は…どこかムリヤリ作っているように感じられる。
さっきまでのヒバリの表情も、堅く握られた手も、演技だとは思えないから。
突然景に会いたくなるような何かが、あったのかもしれない。
なんて、そんなふうに考えている自分に苦笑した。
ただちょっと、ヒバリの様子が気になった。それだけなんだけど。

それにしても。
景は一人暮らしをしていることを、ヒバリに言っていないのだろうか。
小さな声で呟いたヒバリの一言に、心の中で言葉を返す。
俺だって、景と一緒に暮らしてなんかいない。
一緒に暮らしたことなんて、ないんだ。
長い休みに景が帰ってきたときくらいだから、一緒にいるのは。
キッチンにいる景のそばに行ったヒバリを眺めながら、思う。
本当は…。
俺は、景にこの家にいてほしいんだ。