07.
                                        

遅い朝食を済ませて、自分の部屋には戻らずにソファーに座る。
テレビを見ていても、内容なんか全く頭に入ってこなかった。
視線はテレビに、耳はキッチンへと傾けてしまう。
なぜか、そわそわして落ち着かない。
だけど、自分の部屋に行きたいとは思わない。
「あの、さ…」
景はゆっくりと顔を上げて、こっちを向いた。
「買い物、とか…行かなくていいのか?」
俺の問いに、景は首を横に振る。
「お母さんたちが旅行に行くなんて知らなかったから、昨日たくさん買っちゃった」
あぁ、そう。と返事して、またつまらないテレビへと視線を戻した。
…落ち着かない。

結局、落ち着かない気分に負けて、自分の部屋に戻ることにした。
景に何か話しかけようとしても、話題が見つからないし。
リビングを出ようとして、ちょうどインターホンのそばを通った時、タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴った。
来訪者を映し出す画面には、子供の鼻から上の部分の横顔が映し出されていた。
初めて見る顔で、近所で見かけたことはない。
首をかしげながら、インターホンの受話器を取った。
「はい」
『あの!僕、景ちゃんに会いに来たんですけど、いますか?』
声変わりもしていない、高い声が聞こえてくる。
「あぁ…ちょっと待って」
俺の戸惑った声が聞こえたのか、景がキッチンのカウンター越しに俺を見た。
「なんか…景にお客さん。とりあえず、俺が出るから」
景は食器を洗っている最中だし。
「誰?」
「子供。男の子だよ」
「男の子…」
心当たりでもあるのか、独り言のように呟いた。

ドアを開けると、小柄な男の子が立っていた。
天然パーマか、髪は緩やかなウェーブを描き、大きい目はキョロキョロとよく動く。
「どうぞ、入りなよ」
笑顔を作って、出来るだけ優しく声をかけた。
俺と目が合うと、にっこりと笑う。
まだ、かわいらしいと言う表現が通用するような、10歳くらいの男の子だ。
「えっと、初めまして!」
リュックの肩に掛ける部分を握り締めて、俺を見上げてくる。
「僕、景ちゃんの弟のヒバリです」
弟という単語を理解するのに、時間がかかった。
理解するまでの間、きっと俺はポカンとした表情でこの少年を眺めていたに違いない。

「景ちゃん!!」
ヒバリくんはリビングに入ると、真っ先に景に駆け寄っていった。
「ヒバリ、どうしたの?いきなり来るんだもん、ビックリした」
弟が来たせいか、景の表情は明るい。
あんなふうに笑ったところなんて、実は初めて見るかもしれない。
「だって、景ちゃんもゴールデンウィークで休みでしょ?だから遊びに来ちゃった!」
景を見上げて嬉しそうに話す声をさえぎって、またチャイムが来客を告げた。
インターホンには俺が出たけれど、今度は景が玄関へと出て行った。
ちょっと待ってて、とヒバリくんに声をかけて。
「えっと…ヒバリ、くん。ソファーに座って待ってなよ」
立ったままのヒバリくんに、とりあえず座るように促す。
「僕のこと、ヒバリって呼んでいいよ。お兄ちゃんはなんていう名前?」
少し首を傾けるようにして笑う顔は、やはりどこか景と似ていた。
「戒、だよ」
ふーん、とうなずきながら、景が開けたままのリビングのドアへと視線を向ける。
そしてもう一度俺に視線を戻したとき、その表情は一変していた。
「ねぇ…戒くんは景ちゃんの何?」
大きな目を細めて俺を睨みつける顔が、一瞬、景とダブって見えた。