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04. ぽろっと思っていたことが口に出て、内心焦った。 「あー…なんか…今までのおまえ見てたら、そうなのかなって思ったからさ」 言ってしまったものは仕方ない。 白木は黙ったまま景を見続けていて、俺は白木の横顔を見ながら言葉を待った。 なんだ、このもやもやした感覚は。 白木の答えを聞きたくないと、頭のどこかで考えている自分がいる。 景の笑顔を見ている白木に、少しイライラしている自分がいる。 荷物を持っていない方の手で、前髪を掻き上げた。 なんだか、落ち着かない。 ようやく景から目を離した白木は、いつもの人懐っこい笑顔を俺に向けて、言った。 「あぁ。俺、景ちゃんが好きだよ」 予想通りの答えだった。 予想通りだったのに…。 一瞬、頭が白くなったのは…どうしてだろう。 「……そうか」 ほんの数秒、白木の顔を見て。一言、そう返した。 「さて。行こうぜー」 そう言った白木は、照れ隠しなのか、少しうつむきながら首の後ろをポンポンと叩いている。 立ち止まっていた俺たちは、その声で、再び歩き始めた。 もう一度振り返った時、店員らしい誰かと話をしている景が見えた。 家に帰って、リビングのソファーにドサッと座り込んだ。 あの店から白木と分かれるまでに、何を話していたかよく覚えていない。 白木に変に思われるようなことは、しなかったと思うけれど…。 何を…そんなに動揺しているんだ。 「俺には…関係ないだろ…」 関係ない。 白木が景を好きだろうと、俺には何も関係ないことなんだから。 息苦しさを覚える理由なんて、どこにもないはずだ…。 きつく目を閉じて、そのままソファーに沈み込んだ。 ふと、目を開けると部屋の中はだいぶ暗くなっていた。 驚いて体を起こす。 俺、寝てた…? 確か、家に着いたのが3時半頃。 壁に掛けてある時計を確認して、ずいぶん長い間寝ていたことに気づいた。 動きの鈍った頭で、部屋の中を見回す。カーテンが開いたままのリビングにいるのは、俺一人だった。 「…景?」 まさか、帰っていないなんてことはないよな。いくらなんでも、こんな時間まであの店にいるはずがないし。 迷ってる、とか?でも、冬休みには一人で帰ってきてたよな。 玄関に景の靴があるか確認しに行っても、あるのは自分の革靴とスニーカーだけ。 やっぱり帰っていない。 「ちょっと待てよ…」 リビングに戻って、家の鍵を取る。 再び玄関に戻る時に、部屋の電気だけは付けた。カーテンは開けっ放しだけど。 今はそんなこと、どうでもいい。 ちらりと見たリビングの窓には、自分の姿が映っていた。 5月とはいえ、外はもう暗いんだ。 「どこ行ったんだよッ」 ここにはいない義姉に毒づいた。 最近、痴漢が出たと言う回覧板が回ってきた。 それも、その場所は家の近くらしくて。 ガチャガチャと乱暴に鍵を鍵穴に差し込む。ドアに鍵をかけるのももどかしい。 お母さんにも、親父が気をつけろと言っていたばかりなんだ。 まさかとは、思うけど。 でも。万が一…。 鍵をポケットに突っ込んで、走り出した。 家に向かう途中で見つけたアクセサリーショップで、だいぶ時間を過ごした。 店員さんが面白い人で、話をしながら商品を見ていたから。 それで、特に気に入ったネックレスを買った。 おしゃべりが楽しかったから。と、少し安くしてくれたりもして。 また、行ってみようかと思った。好みのアクセサリーがたくさんあったし。 今日は買わなかったけど、ちょっとほしいなって思ったのがいくつかあったから。 店を出たところで、携帯が震えた。着信はお母さんからで。 「冷蔵庫が空っぽなの!!」と、第一声がこれだった。 こんな電話をかけてくるってことは、あたしが帰ることを知っているわけで。 きっと戒が、あたしを連れてくるとでも言ったんだろうな。 でも…。 久々に会う娘に、「冷蔵庫が!」はないんじゃないの? まったく。つまりは、あたしに買い物してきてって言いたいわけね。 「忙しいから、もう切るわね」なんて言って、すぐに電話は切れたけど。 結局、話の内容的には冷蔵庫が空っぽってことだけだったんだから…。 終話ボタンを押して、溜め息をついた。 でも、自然に笑みが浮かんでしまう。再婚しても、お母さんは前と変わらない。 それが嬉しかった。むしろ、前より元気になってる気がするし。 「よかったね、お母さん…」 今のお義父さんと再婚して、さ。 お義父さんよりも…、むしろ弟の方が問題だわ、あたしにとっては…。 携帯をバックにしまって、ちょっと迷う。 一度家に帰ったほうがいいだろうか。 けっこう長い間あのお店にいたから、きっと戒の方が先に家に着いているだろうし。 これ以上遅くなったら、また不機嫌な顔で文句を言われそうだ。 それに。冷蔵庫が空っぽ!ってだけ言われても、困る。 空っぽって言っても、本当にスッカラカンってわけじゃないだろうし。 何があるか確認してからの方がいいかな…。 うん、と一人うなずいて家に向かって歩き始めた。 ドアを開けると戒の革靴があって、先に帰ってきていることが分かった。 家の中が静かだったから、2階の自分の部屋にいるのかと思ったら、リビングにいてちょっと驚いた。 それに、ソファーに座って眠っていたから、余計に。 そっと寝顔をのぞいてみると、無防備な顔をしていた。 戒の寝顔なんて、初めて見た。こんな所で寝るような人じゃないから。 「寝顔はかわいいのにね…」 かわいいなんて、起きてるときに言ったら怒られるんだろうけど。 滅多に見られない寝顔に、笑みが浮かんでくる。 「不機嫌な顔しか思い出せない弟ってのも、ちょっと問題かな…」 戒が不機嫌になるのは、あたしにも問題があるんだけれど。 義弟の寝顔を少しの間眺めてから、キッチンに行った。 冷蔵庫を開けて、あきれてしまう。空っぽなの!という言葉のとおり、本当に何もない。 タマネギとジャガイモは冷蔵庫の隣のラックに置かれていたけれど。 それ以外に夕飯に使えそうなものなんてなかった。 どうせ夕飯はあたしが作ることになるんだから。 今から買い物に行って、野菜の値段を見ながらメニューを考えよう…。 電話の横に置かれているメモ帳を取って、買い物に行ってくる、とだけ書いておく。 ここなら、気づくわよね…たぶん。 一番気づきやすそうな、ソファーの前にあるローテーブルにメモを置いた。 「行ってきます」 もう一度、義弟の寝顔を見ながら小さく呟いた。