03.  |
戒が食器を洗ってくれている間に、あたしは荷造りをする。
荷造りって言っても、一週間程度しか帰らないから、そんなに荷物は多くない。着替えと問題集くらいか。
教科書は…、必要なら戒に見せてもらおう。
携帯の充電器も入れたし。これくらいかな…。
ドアを開けると、戒が振り向いた。
「用意できた?」
「…うん」
部屋を見回しながら返事をする。
「戸締りはしておいたから。行くぞ」
あ、ホントだ。開けてたはずの窓が閉まってる。
「ッ…ちょっと」
いつの間にかそばに来ていた戒が、あたしの手から荷物を取った。
「待って。自分で持てる」
そんなに重いわけじゃないし。それに、持ってもらうなんて何かイヤだ。
「ちょっと、戒!」
あたしの抗議を無視して、さっさと外に出て行ってしまう。
「待ってってば」
鍵をかけて、戒を追いかける。腕を掴むと、戒が呆れたように振り向いた。
「あのなぁ、俺は手ぶらなの。女に荷物持たせてたら、カッコ悪いだろ」
たしかに、戒は学校鞄も、何も持っていない。
ポケットに財布と定期と、あとは携帯を入れてるくらいだろう。
「荷物は男が持つものなんだよ」
そう言って、あたしに腕を掴まれたまま戒は歩き出した。
「何よ、それ」
こういうことをさらっと言ってのけるから、女の子に人気があるのかもしれない。
もし、戒に彼女でも出来たら。あたしにかまうこともなくなるのだろうか。
戒の腕を掴んだままだった手を離して、並んで歩く。
いつもより戒の歩くスピードが遅い気がするのは、あたしの速さに合わせてくれているからなんだろう。
まぁ、とりあえず。荷物を持ってくれてるんだから。
「…ありがとう」
電車を降りて、改札口を出る。駅の建物から出ると戒が立ち止まった。
戒の顔を見上げると、よく待ち合わせ場所に使われる駅前のオブジェの方を見ていた。
「…同じクラスのヤツがいる」
ちょっと眉をひそめて、戒が言った。
友達?あの金髪と茶髪の3人組だろうか。
他にはスーツ姿の女性と、小さい子供をつれた母親が数人。その3人以外に高校生らしい人はいない。
「景は先に行ってて」
あぁ。あたしと一緒にいるところを見られたくないもんね。
一緒にいる理由を聞かれても困る。あたしたちが義姉弟だってことは、秘密にしてるから。
「…荷物ちょうだい」
荷物の持ち手に手をかける。
あの3人組に見られないうちに受け取ってしまおう。もともと、持ってもらうほど重くないんだから。
「…荷物は俺が持つって。すぐ追いかけるから」
「制服着てて、そんな荷物持ってたら変でしょ」
顔を見上げて、ちょっと睨んだ。
あたしは着替えて来たけど、戒は制服。どう考えたって、おかしいじゃない。学校鞄は持ってないのに。
それに、どう見たって荷物は女物のバックだし。
「いいから」
「戒!」
あたしの抗議を聞き流して、荷物を持ったまま3人の方へ歩いて行った。
まったく。変なところで頑固なんだから…。
小さく溜め息をついて、家の方向に歩き出した。
戒が言ったように、冬休み以来家に帰っていないあたしは、この駅に来るのも4ヶ月ぶり。
見たことのない新しい店。冬休みには外装工事中だったビル。閉店してしまった店。
あたしがいなかった間に、ちょっとずつ駅前は変わっていた。
少し歩くと、小さなアクセサリーショップがあった。この店も、あたしは知らない。まだオープンしたばかりなんだろう。
ディスプレーにはシルバーのアクセサリーが並んでいる。
ちょっと、入ってみようかな…。
そっと店のドアを開けると、中から静かな音楽が流れてきた。ざっと店内を見回すと、かわいいと言うよりは大人っぽいシンプルなデザインのものが多い。
あたしの好みのアクセサリーもたくさん並んでいる。
一つアクセサリーを取って光にかざしてみると、はめ込まれたガラス球が綺麗に光を反射した。
景と別れて、3人の方へ近づいていく。
「あれ?三門じゃん」
二人いる茶髪の片方、白木がすぐに俺に気づいた。
「学校にでも行ったわけ?」
俺の制服を見て、そのあと右手に持った景の荷物に目を留めた。
「あぁ。忘れ物したと思ってさ。結局なかったけど」
適当に答えておく。
景を迎えに行った、なんて言えない。誰にも景と義姉弟だって言ってないから。
そんなこと知られたら、いろいろ面倒だ。特に、白木には…。
「その荷物は?女物だろ、それ」
白木と同じように、荷物に目を留めた大島が言った。
コイツは同じクラスじゃないけど、たまに話をする。もう一人の茶髪は名前を知らない。
「家族のだよ」
軽く上に持ち上げてみせた。
「頼まれたのか」
「まぁ、そんなとこ」
あとは適当に話題を変えて、時間を稼いだ。
景はもう駅前からいなくなっただろうか。
「じゃあ、俺帰るから」
「俺も帰るかなー」
白木が携帯で時間を確認しながら言った。
待てよ、なんでお前まで…。
「俺、三門と同じ方向だから。じゃあな」
そんなに悩むこともなく、白木はあっさり決めてしまった。
仕方なく、二人で歩き出す。
途中で景に会わなきゃいいけど…。
なんとなくだけど。白木は、景に気があるみたいだから。本人がハッキリ言ったわけじゃないから、確信はない。
「さっきさ、三門さん見かけたんだよな」
「……は?」
一瞬詰まって、白木を見る。
「あぁ、お前じゃなくて景ちゃんの方ね」
俺の反応に、人懐っこい笑顔で付け加えた。
「遠目だったけど、たぶんそうだね」
見られてたのか。
でも、まぁ。俺と一緒にいるところを見られてなかっただけ、マシか。
「景ちゃんもここら辺に住んでんのかね」
でも、ここらで見かけたのって初めてだよな。と、また俺に笑顔を向けた。
やっぱり、白木は景のこと…。
「あ!」
突然、白木が声をあげた。
「景ちゃん発見。やっぱ見間違いじゃなかったんだなー」
白木の視線の先には、この間オープンした店でアクセサリーを眺める景がいた。
何かを光にかざしている。ネックレスか、ブレスレットか…。
一瞬、目を奪われた。
アクセサリーを見つめる景が、笑ったから。今日、初めて見た、景の笑顔。
俺の前だと、景はあまり笑わないけど。でも、笑うとホッとしたような、すごく無防備な顔になる。
「景ちゃんてさ、笑うと可愛いよな」
景を見つめていた自分にハッとして、目をそらした。
白木はまだ、景を見たままだ。
「白木…」
「んー?」
「…あいつのこと、好きなのか?」
「……」
しばらく、白木は何も言わずに景を見つめていた。
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