02.  |
母が再婚したのは去年の夏。夏休みに入る、少し前。
再婚相手の連れ子が戒で、あたしと同じ高校2年だった。
あたしが5月生まれで戒が2月生まれだから、一応あたしが「姉」で戒が「弟」。
でも、あたしは戒たちと一緒に暮らしていない。
義父が嫌いなわけじゃない。これは本当。優しくて、いい人だと思う。
だけど、再婚を気に購入した一戸建ての家は高校から遠いから。それを理由に、何とか一人暮らしを許可してもらった。
片道1時間30分かかるのは嫌だ、と。
母が再婚するまで二人で暮らしていたアパートに、あたしはそのまま住んでいる。
戒の方は…なぜかあたしと同じ高校に転校してきた。わざわざ1時間30分かかる高校に。
前の高校なら、40分程度で行けるらしいんだけど。
どうやって親を説得したのか知らないけど、結局、戒はあたしと同じ高校に通っている。
「どこ行くんだ?」
あたしの2、3歩後ろから戒の声が聞こえた。あたしがアパートと別の方向に曲がったから。
母がアパートを出るときに、戒が荷物を運ぶ手伝いをした。そのせいで、と言ったら悪いけど、戒はアパートの場所を知っている。
「買い物」
「…今買わなきゃいけないものか?」
立ち止まって、戒に振り返る。
「あんたっていつも文句言うよね」
いつも思う。なんでコイツはあたしにかまうんだろう。
「文句じゃないだろ」
苛立ちを隠そうとして、失敗したような声。
イライラするんなら、あたしに近づかなければいいのに。
「だったら買い物くらいさせてよ」
「景!」
眉間にしわを寄せて、明らかに不機嫌な顔。
放っておいてくれればいいのに…。
あたしにかまわないで。
目をつむって、溜め息をつく。そして鞄を開けて鍵を取り出した。
「戒についてきてほしいわけじゃないから。先にアパートに行ってて。これ、鍵ね」
鍵を差し出すと、ますます不機嫌な顔になった。
鍵を受け取ろうともしない。
「戒」
「…おまえさ…」
何かを言いかけて、やめた。その代わりに鍵を受け取る。
「204、だよな」
部屋番号を確認するように呟いて、戒はあたしに背を向けた。
景に背を向けて20歩ほど歩いたあと、後ろを振り返った。
茶色に染めた髪を揺らして歩いていく「姉」の後ろ姿が見える。
また、怒ってしまった。
さっきまでの自分を思い出すと、溜め息が出る。
「景が相手だとな…」
小さくなっていく背中を眺めて、ひとりごちた。
景が相手だと、どうしても調子が狂う。普段なら、相手の機嫌を取るくらい軽くやってのけるのに。
今までだって、相手とうまく距離をとってやってきた。現に、義母とも上手くいっている。
なのに、景とは距離が保てない。
さっきみたいに、不機嫌さを押し隠せない。
翼をモチーフにしたシルバーのキーホルダーに付けられている鍵を、目の前にぶら下げて眺めてみた。
これを渡したのだって、俺と二人でいたくなかったからだよな。
「でもなぁ…」
いくら義弟だからって、一人暮らしのアパートの鍵なんて渡すかよ。
信用されているのか、男として見られていないのか。
―――…おまえさ…
寸前で飲み込んだ、言葉の続き。
もう一度、鍵をかざしてみる。
「こういうところ、無防備だよな」
景はしっかりしているようで、どこか危なっかしい。
だから、景にかまってしまう。そばにいたいと、思ってしまう。
調子が狂って、さっきのようにギスギスした空気になってしまうけれど…。
景の目が「自分にかまうな」と言っている事に、気付いていないわけじゃない。
気付いているけれど、その目を見ると、逆に景にかまいたくなる。
悪循環。
分かってる。だけど、感情をコントロールできない。
「はぁ…」
溜め息をついて、首の後ろをポンポンと叩く。
ふと、左手に持ったキーホルダーをもう一度眺めた。
鳥が飛び立とうとして、大きく翼を広げたような形。シルバーのシンプルなデザインだ。
こういうのがすきなのか、景は。
輪を人差し指に引っ掛けて、キーホルダーごと鍵を握り締めた。
俺がアパートに着いてから30分後。景が帰ってきた。
左肩に学校鞄、右手にスーパーの袋。
…野菜?なんでそんな物買ってくるんだ。今から帰るんだろ、あっちの家に…。
「…おかえり」
景は俺の方を流し見て、小さく「ただいま」と言った。そして、奥の部屋に入っていく。
…まさか、帰るのやめたとか言い出さないよな。
思わず、今閉じられたドアを睨みつける。少し睨み続けたあと、はっと我に返った。
まただ…。
どうも景がからむと、自分がイラつくような発想ばかりしてしまう。
落ち着け。景が嘘ついたことなんか、今までないんだから。
もう一度溜め息をついたとき、着替えを済ませた景が部屋から出てきた。
「お昼、チャーハンでいいでしょ?」
「……は?」
壁に掛かっている時計を仰いだ。
12時過ぎ。
そうか、今から帰る用意とかしてたら昼飯食えなくなるよな。
「なんでもいいよ」
台所に立つ、姉の背に向かって返事をした。
それからちょっと迷って、でも言ってみた。
「……景の作るご飯は、おいしいから…」
自分の声が小さくて、自分で驚いた。
なんでこういう時だけ、ハッキリ言えないんだろう。
聞こえているのか、いないのか。景は何も言わず、振り返りもしなかった。
二人用の食卓テーブルに向かい合って座っていても、会話なんかほとんどない。
景はあまり、俺と目を合わせようとしないし。
時々、思う。
俺は嫌われてるんじゃないかって。
「……なぁ」
それでも、嫌われているのかと尋ねることが出来ないのは…。
「何?」
嫌いだと、肯定されるのを恐れているからかもしれない。
「ここに一人でいて、寂しくないのか?」
今日もまた、別の質問にすりかえる自分に苦笑した。
「もう慣れたから。寂しいとは思わないわよ」
俺は…。
「慣れ、ね…」
景に、家にいてほしい。
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