01.
                                        

高校2年の夏。新しい家族ができた。



アパートを出て、いつものように坂道を上る。
今日はゴールデンウィークの1日目。
休みだけど、あたしは学校に向かう。高3の受験生のために、図書室は開いているし。
学校まで約15分の距離をのんびり歩く。急ぐ必要もない。
ただ、暇つぶしと受験勉強を兼ねて、学校に行くだけなんだから。

そっとドアを開けると、予想通り、図書室には誰もいない。
まぁ、ゴールデンなウィークの1日目だしね。
あたしの通う私立高校は、ゴールデンウィークが10日近くあったりする。
休みの1日目から学校に来る人なんて、あたしくらいのものだろう。
日当たりのいい席に陣取って、教科書を出して。もちろん勉強なんて好きじゃないけど、受験生らしく問題を解いていく。
まぁ、連休明けに実力テストがあるんだから、勉強はしておかなきゃいけないんだけど。
解答に詰まって教科書をめくろうとしたとき、ドアが開けられた。
あたし以外にも学校に来る人がいたのか…。
顔を上げずに耳をすます。足音は……気のせいかあたしの方に近づいてきているようだ。
机をはさんで正面に立ち止まった人物に、視線を向けた。
染めてはいないけれど、茶の強い髪。少し緩めたネクタイ。他の男子生徒に比べれば、きちんと制服を着ている。
たくさんの女の子が「かっこいい」と騒ぐ、あたしと同学年の男子。
「…何?」
正面に立つ人物を確認すると、さっさと教科書に視線を戻す。
たっぷり間を置いて、返事があった。
「お母さんと親父が待ってるぞ、景」
正面の椅子に座り、あたしを見ているのが分かる。
「この間帰ったでしょ」
目的の公式を見つけ、問題を解き続ける。
「この間、ってのは冬休みのことか?」
あたしが返事をしないでいると、戒が溜め息をついた。
「4ヶ月も前だろ。お母さん、心配してるんだから」
「お父さんとお母さん、元気?」
頬杖をついて、戒の目を見る。少しにらめっこをすると、フイと戒は目をそらした。
「自分で確かめろ」
戒はそこでいったん言葉を切って、教科書を一瞥してから続けた。
「暇だから学校に来てるんだろ、どうせ。暇なら帰ってこい」
「真面目に勉強しに来てるって考えないの?弟」
「暇つぶしだろ?姉サン」
再び視線がぶつかった。
今度は、あたしの方が先に目をそらしてしまったけれど。
「明日…帰るから」
「ダメ」
即座に却下されてしまった。
「今日帰れ。荷物は俺が持ってやる」
「……」
シャーペンを握る手に、力がこもる。
あたしは戒を睨みつけた。
「返事しろ」
「明日」
「ダメ」
「姉の意見を尊重しなさい」
「弟のわがままをきいてやれ」
上目遣いで戒を睨み続ける。涼しい顔であたしを見返す、この目がムカつく。
「…弟」
「何?姉サン」
しばらく睨み続けても、戒は折れなかった。
睨み合って、先に目をそらした方の負け。それは、あたしと戒の間で暗黙の了解となっている。
去年の夏から、ずっと。
今回は戒も目をそらさない。譲る気はないようだ。
あたしは戒を睨み続けたままで口を開く。
「なんで明日じゃいけないのよ」
「なんで今日じゃいけないんだ」
ムカツク。いちいちカンに障る言い方しかできないのか、こいつは。
「用意があるでしょ。そっちの家に服とか全然置いてないんだし」
「じゃあ、今から用意しに戻ればいいだろ」
あぁ、もう…。
あたしは戒から目をそらして、軽く目をつむった。
あたしの負けでいい。戒と張り合うのもバカらしい。
もう、どうでもいい……。
あたしは無言で片付け始めた。