11. 悪友の後押し |
りんが、いなくなった。
月曜日。俺にも津ノ田にも連絡がないままで。
何度携帯に電話をかけても、繰り返されるのは電話会社のメッセージ。
火曜日の朝に、真っ先にりんのクラスに行ってみたけれど。
やっぱり、りんの席には誰も座ってなんかいなくて。
その前の席に座る津ノ田は、暗い表情で首を横に振っただけだった。
知らずにため息が漏れる。
携帯を取り出して、履歴の一番初めに表示された番号にもう一度かけてみた。
『…電波の届かない所におられるか、電源が入っておりません』
耳にあてた携帯からは、とっくに聞き飽きた、無機質な言葉の羅列。
チッと舌打ちをして携帯を閉じた。
何が起きたのか分からない。知ろうにも手段がない。
握った携帯が軋む音が聞こえて、ハッとして手から力を抜いた。
昨日は、具合が悪かったんだとか無理やりに納得しようとした。
でも。
今日はそれも不可能だ。
りんが津ノ田にさえ何も連絡を入れないなんて、普段ならありえない。
「宅電にはかけてみた?」
俺は携帯の番号しか知らないから。マンションの方にはかけられない。
「うん。かけたけど、留守電になったまま」
津ノ田は俺を見上げて、すぐにうつむいてしまった。
「もしりんが来たら、おしえて」
そう言って、とりあえず自分の教室に向かった。
何か、あったんだろうか。
机に肘を突き、手にあごを乗せて外を睨んだ。
分からないことへの苛立ちと不安が、溜め息と共に溢れ出る。
りん…。
「…ッ!!??」
突然机を蹴られて、ガクッと手からあごが落ちた。
「外になんかいるのかよ」
声の方を見ると、明るめの茶髪が隣の席に座るところだった。
外に視線を向けていたせいで、蹴られるまで気付かなかったらしい。
「早瀬(はやせ)」
「おまえ怖い顔してんぞ?その顔見んの、久々だわ」
椅子に横座りして、呆れ顔で俺を見る。
「アレか?天気が悪くて、やだぁってか?」
つまらなそうにそんなセリフを吐くから、苦笑してしまう。
そんな俺をチラッと見て、早瀬は方眉を上げてニヤッと笑った。
「どうした?って聞いてやるほど優しいヤツじゃないから、俺」
親指と人差し指で鍵をつまんだ左手を、俺の方に突き出した。
それを左右に揺らしている。
「まぁ、さぼるの手伝ってやる悪友には、なってやるよ」
バイクの免許持ってるだろ、とニヤつく早瀬の顔と鍵を見比べる。
少しの間悩んで、結局受け取った。
「…バイク通学は禁止されてんだろ」
まだ中身を出していなかった鞄を掴んで立ち上がる。
「このナリで、今更校則がどうのとか気にするかよ」
「それは言えてる」
早瀬を見て、笑った。
明るめの茶髪に、ピアス、着崩した制服。もちろん態度も規格外サイズ。典型的な問題児。
「バイク止めてる場所、変わってないよな?」
「おう」
コイツとは中学の時から付き合いがあるけど。この雰囲気は変わっていない。
でも、見た目と違って意外にいいヤツで。けっこう仲がよかったりするんだ。
「ま、悩んでねぇで行動しろや」
俺を見ずにそう言って、あくびをした。
「担任には適当に言っといて」
机に突っ伏しながら、早瀬はヒラヒラと手を振っている。
中学からの悪友に心の中で礼を言いながら、さっさと教室を後にした。
校舎から出る前に、津ノ田からりんの実家の住所を聞いてきた。
知らないだろうなと思っていたら、たまたま手帳にメモってあったらしい。
軽く周りを見回して、学校の敷地から外へ出た。
登校時間帯の今は、守衛は正門の方に立っている。だから教職員の車の出入り口に、人は誰もいない。
これも、早瀬からの情報で。持つべきものは悪友だな。なんて、内心苦笑した。
さて…と。まずは、りんのマンションから行ってみるか。
―――悩んでねぇで行動しろや
早瀬の言葉を思い出して、一人でうなずいた。
会えないなら、会いに行くだけのこと。
俺は、りんに会いたい。
「蝶子姉さん!?」
数回ノックして、返事も待たずに勢いよくドアを開けた。
火曜日。実家につれてこられて2日目。
悠と由美の携帯の番号を手帳にメモっとくんだったと、何度思ったことか。
携帯を蝶子姉さんに取られたままだから、連絡のとりようがない。
今日は、学校に行かないと。
早めにセットした目覚ましを止めて、ちょっと寝ぼけた頭でそう思った。
悠…心配してるかな…。
ベッドからゆっくりと立ち上がる。シャッとカーテンを開けて、寂しさを紛らわせようと外を眺めた。
さっさと朝食を済ませて、蝶子姉さんの部屋に行こうと思っていた。
何でこの家に連れてきたのか、まだ教えてもらっていないし。
それよりも、今日は学校に行くと、ちゃんと言わなきゃいけない。また勝手に休む連絡をされる前に…。
広い食堂で、一人で黙々と食事をしていたんだけれど。
ちょうど食べ終わったとき、お手伝いさんがそばに寄って来た。
「おはようございます」
顔を上げると、にっこりと笑いかけられた。あたしも笑顔で挨拶を返す。
そばに来たのは古株のお手伝いさんで、あたしも小さい頃からお世話になっていた。
「どうかしたの?」
「お姉さまからの伝言があるんですよ」
「え……」
姉さんからと聞いて、一瞬固まった。
まさか、今日も休むって学校に連絡を入れた、なんて言わないでしょうね。
考えていることが顔に出いていたのか、お手伝いさんが苦笑した。
「今日も学校を休むように、とのことです」
それを聞いて、ガタッと音を立てて立ち上がった。
何で休むのよ…。
食堂をあとにして、真っ直ぐに姉の部屋に向かった。
「姉さん!!」
カーテンは開けられていたけれど、部屋の主は見当たらない。ベッドも、もぬけの殻。
朝食の席にいなかったから、まだ寝ているんだと思っていたのに。
一応、衣裳部屋ものぞいてみたけれど、誰もいなかった。
「どこ行ったのよ」
部屋を見回しても、隠れられる所なんてない。
仕方なく部屋を出たとき、斜め向かいの部屋のドアが開いた。
「兄さん、いたの?」
あくびをしながら出てきた兄を見て、そう呟いた。
あたしの声にちょっと驚いた顔をして、すぐに笑顔になった。
笑顔、というか…苦笑いに近いかもしれない。
「久々に会った兄貴に、“いたの?”はないだろーが」
「だって。兄さん食事のときも顔出さないから、いないのかと思ってたんだもん」
近寄ってきた兄に文句を言うと、「はいはい」と言いながら頭をなでられた。
「ちょっとね。仕事が忙しかったから、飯は部屋で食べてたんだよ」
やっと一段楽したんだけどな。と、またあくびをした。
「それに、りんが来てるなんて知らなかったんだ」
「そうなの!?あたしがここに連れてこられた理由、兄さんも知らないってこと?」
「うーん…」
なんだか歯切れの悪い返事をして、食堂の方へ歩いていく。
それよりも。
「蝶子姉さん、どこにいるか知らない?」
兄さんがいたことに驚いて、姉さんのことを忘れるところだった。
今日は学校に行くって、言わないといけないのに。
「部屋にいないのか?」
振り向いた兄にうなずく。
また「うーん」と、うなるような声を出してスタスタと歩いていく。
「昨日も学校休んだのに、今日も休めって言うんだもん」
「なんだ、さぼりか?」
「姉さんが勝手に、休むって連絡入れてたの!!」
あくまでもマイペースな兄に、ちょっと声を大きくして反論する。
「今日は行くんだから。携帯も取り上げられてて…友達に何も連絡…できてない…」
最後の方は、少し声が小さくなってしまった。
視線を足元に移すと、兄さんが立ち止まるのが見えた。そして、頭をぽんぽんと軽く叩かれる。
「りん…」
呼ばれて、兄さんの顔を見た。
「“友達”よりも、“彼氏”に連絡したいんだろ?」
姉とそっくりの顔で、にやりと笑っている。その両頬を、思い切りつねってやった。
たぶん、あたしの顔は赤くなっていってるんじゃないかしら…。
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