03. 屋上                                      

  誰もいなくなった屋上の出入り口を見つめていると、ふいに笑い声が聞こえた。
  「なんだ、りんも“お呼び出し”?」
  出入り口よりもさらに上の場所に、悠が座っていた。
  「聞いてたの?」
  「俺もココに呼ばれてたからね、聞いちゃった」
  「悪趣味。いるなら何か言ってよ」
  ちょっと睨んでみても、悠はただ苦笑しただけだった。
  そして、手招きで自分の隣に来るように示す。
  壁に固定されたはしごを上って悠の隣に座ると、風が気持ちよかった。
  「ここにいると、なんだか気分いいね」
  悠を見ずに、遠くを眺めながら言うと、悠が笑った。
  「だろ?サボるときはココに上るんだ」
  「えー?さぼってるの?」
  「たまにだよ。眠くてたまんない時とかさ」
  とぼけるように笑いながら言う悠につられて、あたしも笑う。
  「…次さぼるときは、あたしも呼んでよ」
  何気なく言ったら、悠は黙ってしまった。
  邪魔だと思われたのかと少し不安になって、恐る恐る悠を見る。悠は、驚いた顔をしてあたしを見ていた。
  「な、何?あたしが来たら…邪魔?」
  「いや…りんが授業さぼるなんていうと思わなかったから」
  「…ダメ?」
  「いいよ、りんとなら」
  不安そうなあたしに、悠はいつもどおり、優しい笑顔を返してくれた。
  その顔を見て、あたしも顔が緩む。
  そして、邪魔だと思われていなかったことに、すごく安堵している自分がいて驚いた。
  あたしと悠は本物の恋人じゃない。付き合っているフリをしているだけ。
  悠は、親友みたいな位置にいるんだと思ってるのに。
  なのに、なぜか心が締め付けられるような、それでいてすごく嬉しいような変な気分になった。


  しばらく、他愛もないことを話しながら、景色を眺めていた。
  今日の授業はどうだった、とか。
  クラスの人が居眠りをしていびきをかいた、とか。
  
  「さてと。結局今日も一緒に帰るんだな」
  悠が笑いながら言って、立ち上がった。
  そして、あたしへと手を差し出した。お手をどうぞお嬢様、みたいな感じで。
  あたしはお嬢様なんかじゃないんだけどね。
  その手を掴み、あたしも立ち上がる。
  本当はもう少し、この景色を眺めていたかったけれど。また来ればいいと思い直した。
  「なんだか、すごく嬉しそうな顔ね?悠」
  見上げた彼は、あたしを見て笑っている。
  「そうか?まぁ、彼女と一緒に帰れるからね」
  「なにそれ。毎日一緒に帰ってるのに。変なの」
  にっこり笑う悠につられて、あたしにも笑みが浮かぶ。
  悠の笑顔は好き。見ると、なんだかホッとして心が温かくなる感じ。
  こういう笑顔にも、女の子はひかれちゃうのかな…。
  「帰るか」
  そう言って、悠はあたしの手をほんの一瞬強く握って、スッと離した。
  「…待って!!あたしが先に下りる!」
  悠がはしごを降りようとしたとき、あわてて言った。
  ちょっと、叫び声に近いような声で。
  「は?なんで…」
  あたしの言葉が予想外だったらしく、不思議そうな顔で振り返る。
  「だって…あたし、スカートだもん」
  悠は少しの間、ポカンとしてあたしを見ていたけれど、すぐに意味が分かったらしい。
  でも、なんか意地の悪い笑顔を浮かべている。
  「…悠?」
  「彼氏の特権ってヤツで、俺が先に下りようかと思って」
  「悠ッ!!」
  ニヤッと言うように笑った悠に、あたしは怒鳴った。
  きっとあたしは、顔が赤くなっていると思う。
  何考えてるのよ、悠は…。
  あたしがこれだけあせってるのに、悠は余裕綽々って感じ。
  いつも悠のペースにはまってしまう。悔しいのはあたしだけ。
  「怒るなって。冗談だよ。お先にどうぞ、お姫様?」
  いくらあたしが睨んでも、悠には全然効かないみたいだ。
  ゆっくりはしごを降りて、最後の一段は飛び降りた。
  あたしがはしごから離れるのを待って、今度は悠が下りる。
  下りきる前に、あたしはさっさと校舎の中に入った。
  「りん、置いていかないでくれる?」
  すぐ後ろから悠の声が聞こえるけど、無視して歩く。
  「悠なんか知らない」
  すぐ後ろにいるのは分かってるけど、振り向かずに階段を下りる。
  階段の踊り場で腕を掴まれて、立ち止まった。
  「たく。りんはすぐ怒るんだから」
  少し苦笑交じりの楽しげな声で言って、手をつながれた。
  今度は悠が前を歩いて、あたしは手を引かれていく。
  悠の手はあたしの手よりずっと大きくて、すっぽりと包み込まれてしまう。
  誰も見ていないからいいけど。人前だったら、すぐに手をふりほどいたかもしれない。
  「機嫌直して、一緒に帰りましょうね。お姫様?」
  そう言いながら、悠はいつもの笑顔をあたしに向けた。
  つられて笑いそうになるのを抑えて、そっぽを向く。
  もう。
  いつも悠のペースに乗せられてしまう。

  やっぱりあたしは、悠には敵わないのかもしれない。