02. 二人                                      

  「りん、帰ろう」
  「うん」
  教室の入口に立っている人物を確認して、あたしは立ち上がった。
  「じゃあね、由美(ゆみ)。また明日ね」
  「バイバイ。あんたたち本当、仲良いよね」
  そう言って、由美はあたしと入り口の彼を交互に眺める。
  「そんなことないよ」
  苦笑しながらそう言って、歩き出した。
  「待った?」
  「ちょっとね。悠(はるか)のクラス、HR長引いたの?」
  「ああ。担任に説教されてた」
  首の後ろをポンポンと叩きながら、悠は苦笑した。
  教室を出て、2人で並んで歩く。
  二人で帰るようになって、そろそろ4ヶ月。最初はやっぱり恥ずかしかった。
  今は慣れちゃったけど。
  「あ、そうだ。明日は1人で帰ってくれる?その…呼び出されたから」
  きっと、明日誰かに告白されるんだ。
  「いいよ。そもそも毎日一緒に帰ることないじゃない、あたしたち」
  「…そうだけどさ。やっぱ俺ら、付き合ってることになってるし」
  ちょっと寂しそうな顔で、悠が笑う。
  「ごめん!一緒に帰るのがイヤとか、そんなんじゃなくて…」
  悠を傷つけた気がして、あわてて謝った。
  寂しそうな悠の顔は、好きじゃない。そんな表情をさせてしまう自分がイヤになる。
  「気にすんなって。そういう“約束”なんだから」
  すぐにいつもの笑顔に戻って、あたしの頭をポンポンと叩いた。
  「うん…」

  駅に着くと、あたしたちはそこで別れる。あたしと悠の家は、電車で反対方向だから。
  それでも、いつも悠はあたしの乗る電車のホームまで送ってくれる。
  自分の乗る電車が来ても、あたしが乗るまでは絶対に乗ろうとしないし。
  今日も、あたしを見送ってくれた。
  
  
  
  あたし、香月 りん(こうづき りん)と大野 悠(おおの はるか)は付き合い始めて4ヶ月。
  正確には、『付き合っているフリをして』4ヶ月。四ヶ月前、あたしたちは学校の屋上で取引をした。
  嫌々付き合ってるわけじゃないし、あたしたちはけっこう上手くやっている。
  毎日一緒に帰ってるのは、本当に付き合ってるのかって怪しまれないように。
  デートなんて全然しないし。1回しか一緒に出かけたことがない。
  もちろん、キスもしていない。
  悠はかなりもてて、あたしと付き合ってることになってるけど、よく告白される。
  顔は整ってるし、背も高い。何より、優しいってところが一番のもてる理由みたい。
  フリとはいえ、あたしにはもったいないと思う。
  
  
  「ねぇ由美。今日一緒に帰ろう」
  由美はあたしの前の席。背中をつつきながらあたしが言うと、驚いたように振り向いた。
  「何!?どうしたの?大野くんと喧嘩した?」
  由美の声に、クラスの女子も男子も耳が大きくなった…気がした。
  いつもあたしが悠と二人で帰るから、とっさにそんなことが思い浮かんだようだ。
  「違うよ。今日はね、悠は“お呼び出し”なの」
  こういう時、あたしは1人で帰るんだけど。今日は気分的に遊んで帰ろうかと思った。
  「なんだ、そういうこと。ビックリさせないでよ」
  勝手に勘違いしたくせに、とあたしは笑った。
  「だってー。りんったら、大野くんとばっかり帰るんだもん。あたしのりんが奪われちゃった」
  「なにそれ、いつから由美のものになったのよ」
  「いいじゃない、べつに」
  由美が笑いながらドアの方へ目をやった。
  「由美と帰るなんて、かなり久しぶりよね。どこか寄って行こ?」
  由美と帰るのは4ヶ月ぶりだから。ずっと悠と帰ってたし。
  「どこ行く?」
  「んー…」
  ドアの方をじっと見ながら、由美がうなるような変な声を出した。
  「由美?」
  どうしたのかと思ってあたしもドアの方を見ると、見慣れない男子生徒が立っていた。
  「由美、知り合い?」
  「あの1年さ、りんのこと見てる気がするんだけど」
  「え?あたし、1年生は知ってる人少ないから…」
  言われて、もう一度視線を戻す。名札は1年生の学年からーの緑。
  うちの学校は学年カラーが決まっていて、あたしたち2年がワインレッド、3年がブルー。
  来年は、新入生にブルーが回る。
  あたしは部活に入っていないから、1年生には知り合いなんてほとんどいない。
  知ってるのは、同じ中学だった人くらいなんだけど…。
  「中学の後輩でもないし。知らないよ?」
  本当にあたしを見てるのかも分からないし。
  「じゃあ、あたしの気のせいか」
  そう言って、由美は話題を変えた。
  
  「そろそろ帰ろうか」
  由美は立ち上がって、廊下のロッカーに荷物を取りに行った。
  あたしも自分の鞄を整理する。
  学校指定のこの鞄は、重いだけ重くて、あまり物が入らない。
  デザイン重視って言うのも問題だと思うんだけどな。
  私立校だから、少しでもよく見せたいのかもしれないけど…。
  結局は物が入りきらなくて、別の袋も持ち歩くんだから意味がない。
  「おかえり」
  由美が戻ってきたのを見て、あたしも立ち上がる。そして、由美の顔がニヤついているのに気づいた。
  「…何よ、由美。ニヤついちゃって」
  「りん、やっぱり今日も一緒に帰れないみたいよ?」
  由美は楽しそうに笑いながら言った。
  「…なんで?」
  「大野くんだけじゃなくて、りんも“お・呼・び・出し”」
  あぁ。だから由美がニヤけてるのか…。
  はぁ、と溜め息をつく。
  なんで今日なのよ…。
  「今廊下に出たらさ、さっきの1年に頼まれたのよ。香月先輩を呼んでほしいんですけど、って」
  「……ちょっと待っててよ。すぐに戻ってくるから。せっかく一緒に…」
  「ダ〜メ。ちゃんと、じっくり話を聞いてあげなくちゃ♪」
  完全に楽しんでる…。
  あたしはまた、溜め息をついた。
  「ほら、待たせちゃかわいそうだよ」
  「はぁ…」
  「溜め息なんかつかないの!じゃ、また明日ねー!」
  “明日”のあとに、“報告して”が含まれているのが、しっかり分かってしまった。
  もう、由美のヤツ…。
  しぶしぶその1年に近づいていくと、緊張しているのかこわばった声で「屋上まで来てください」と言われた。
  
  
  「あの…話ってなんですか?」
  屋上に着いても、なかなか話し出さないからあたしから聞いてみた。
  「俺…」
  また黙ってしまった。
  「俺…」だけじゃ、わからないよ。
  彼の名札を見ても、名前に覚えはなかった。この人と話したこと、なかったと思うんだけど…。
  ぼんやりと考えていると、彼はやっと口を開いた。
  「俺…あの…香月先輩のこと、好きなんです」
  顔も耳も、赤くなっている。
  「えっと…悪いんだけど、あたし付き合ってる人がいるの。だから…」
  「知ってます。大野先輩と付き合ってるんですよね」
  驚いた。1年生も知ってるくらい、あたしと悠のことが広まってるの?
  一緒には帰ってるけど…、名前まで。
  「でも、俺の気持ちは伝えたかったから…」
  あたしが何もいえないでいると、彼は照れくさそうに笑った。
  「えっと、それだけ言いたかったんです。今日はありがとうございました」
  そう言って、頭を下げられてしまった。