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教室に入ると、すでに隣の席には筒井がいてクラスの女子としゃべっていた。
その数人の「おはよう」という声に、俺も挨拶を返して席に座る。
「おはよう、黒川くん」
最後に、筒井の声が聞こえた。
昨日とは打って変わって、笑顔で俺を見る。
まぁ、他に人がいる手前、つっけんどんな態度を取れないだけだろうけど。
「りっちゃーん」
秋吉が鞄を机に放るように置いて、こっちに近付いてきた。
だから、その呼び方やめろって言ってんのに…。
秋吉の目当ては筒井なんだろう。俺に話しかけるふりして、視線は隣の席に向いている。
「おはよ」
苦笑しながら、その顔を眺めた。
「おはよ。昨日おまえが来ないから、つまんなかったんだけど」
「あー、はいはい。悪かったって」
昨日、ちょうど風呂から上がったときに秋吉から電話があった。
俺が行かなかったからどうのこうのって、散々文句を聞かされたんだ。おまけに、次は行くって約束させられ
たし。
「そうだ。今度は筒井さんも一緒に遊びに行こうね」
俺の前の席に座って、秋吉はお目当ての筒井に、人懐っこい笑顔で話しかけた。
「え?…あの…」
突然話を振られて、筒井は少し困ったように秋吉を見る。
「あぁ。俺、久保 秋吉っていうの。よろしくねー」
「よろしく」
秋吉の笑顔につられて、筒井も笑った。
「筒井さんの歓迎会ってことでさ、遊ぼうよ」
カラオケに限らず、秋吉はよく遊びに行く。
俺以外の面子は毎回ちょっとずつ違ってて、男だけってことは滅多にない。
「…ありがとう」
秋吉の言葉に、筒井は嬉しそうに笑った。
話題を変える秋吉と、それに答える筒井を眺めたあと、俺は外に視線を投げた。
筒井が「ありがとう」と言う前に、一瞬、間が空いた気がしたのは俺だけか…。
「なぁ、黒川くん。頼みがあるんだけど」
昼休み。コンビニで買ったパンを口に入れた俺に、秋吉が気色悪い声で言った。
「……なんだよ」
こいつが“黒川くん”なんて呼び方するときは、ろくなことを言わない。
「今週の土曜、ちょーっと付き合ってほしいんだけどさぁ」
「……」
秋吉の態度は、明らかにおかしい。
「べつに…土曜は用事ないけど。何?」
「俺の頼みきいてくれる?」
「内容による」
両手のひらを合わせて拝む秋吉を眺めながら、パンを口に入れた。
「あのな…俺のいとこ、知ってるだろ」
「……知らねぇ」
来た。やっぱりろくなことじゃなかった。
俺の知ってる秋吉のいとこっていったら、アイツしかいないだろ。
知らないという俺の言葉を無視して、秋吉が続ける。
「さっきメール着ててさぁ。遊園地の割引券あるから行こうって…」
「イッテラッシャイ。楽シンデキテネ」
笑顔で言ってやると、秋吉が情けない顔をした。
「りっちゃん冷たい…」
なんとでも言え。俺だってアイツは苦手なんだから。
そしてその呼び方はやめろ。
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