Strawberry Jam B  |
バレンタイン当日。こういう日は笑顔で、楽しく、明るく過ごしたい。
過ごしたい…のに、ちょっと無理。笑顔が作れない。
「あの…、りん?」
放課後、いつもどおり教室に迎えに来てくれた悠が手にしているものを見て、どんよりした気持ちになってし
まった。
「原因て…これだよな」
「それだろうね」
困ったように由美に話しかける悠の声と、あたしの様子をうかがうような由美の声。
「…ちがうもん」
そっぽを向いたまま、小さく反論する。
強がってみるけど、苦笑するような声が2人から聞こえた。
わかってるよ。今日はバレンタインで、お菓子をあげたりもらったりする日だってことは。
悠が直接渡される分は断ってたの、ちゃんと知ってる。
でも知らないうちに机とかに入ってるのまではどうしようもないって、頭では分かってるんだけど…。
どうしても嫌な気分になっちゃうんだもん…。
「…それ、どうするの?」
歩きながら上目遣いに悠を見ると、「これ?」というふうにお菓子を入れた袋を持ち上げてた。
「俺が甘いものダメなの知ってるだろ。くれた人には悪いけど、食べないよ」
さも当然というように笑い出す。
「たぶん、今年も知架か叔父さんが食べると思うよ」
「…あたしと知架ちゃんが作ったのは食べたじゃない」
ちょっと意地悪な言い方になってしまう。
それでも、悠は気にしていないように笑うだけ。
「りんが作ったのは別」
この一言で、あたしの機嫌はあっさりと直ってしまう。
だって自分は他の女の子とは違うんだっていう言葉をもらったんだから。
「だからさ、機嫌直してよ」
「もともと機嫌悪くなんてないもん」
べぇ、と小さく舌を出して笑った。
「りん、今日は真っ直ぐ家に帰らないよな?」
駅に着いて改札を通ったときに、悠に腕を引かれた。
悠はいつもあたしが乗る電車のホームまで下りて見送ってくれる。だけど今日はホームに下りるのを止めら
れた。
「帰るよ」
あたしの返事に、少し困惑したような表情になる。
「なんで?」
「バレンタインだから」
不思議そうな顔。あたしはそんな悠から電車の時刻表に視線を移した。
「もうすぐ電車来るみたい」
「あぁ…」
「悠も乗るの」
「俺?」
まだよく分からないという顔をする悠の手を引いて、急いでホームへと下りた。
今年のバレンタインのプレゼントは、まだ家の冷蔵庫の中にあるの。だから、悠に家に来てもらわないといけ
ないんだよ。
って、あたしは説明しないでいるから、悠は不思議そうな表情のまま。
「どこ行くの?」
「あたしの家」
手をつないだまま、ホームで電車を待った。
「……りんのマンション行くの、久しぶりだな」
細かいことを教えようとしないあたしを見て、悠はあきらめたように笑った。
家に着いて、とりあえず飲み物を淹れた。
悠と付き合うようになってから、家にはコーヒー豆が常備されている。
もちろん、淹れるのはあたしじゃないけどね。
ローテーブルにコーヒーカップを2つ置いて、悠をソファーに座らせる。
あたしはすぐにキッチンに戻って、冷蔵庫からラッピングしておいた小さなビンと真っ赤な果物を取り出した。
「はい、悠」
差し出したものを、悠は驚いたように見た。
去年もそうだったけど、どんな反応をされるかと緊張してしまう。
特に今年は食べ物で、これを作った後に、悠が好きかどうか知らなかったことに気付いたし…。
もし好きじゃなかったらって、ちょっと心配なんだよね。
「……」
「えっと…これ、イチゴね」
何の返事もないから、やっぱり苦手だったのかと不安になる。
「それで、このイチゴを使ってジャム作ったの…」
ジャムは砂糖と煮詰めるけど、その砂糖をかなり減らした。イチゴの甘みが強いから、砂糖の量は本当に少
ないの。
でもその分保存性は低くなるから、学校には持っていかなかった。
いろいろ説明しながら、どんどん不安が大きくなっていく。
いくら砂糖を減らしても甘いことに変わりはないよね、とか…。
「悠が…イチゴ好きか分からなかったんだけど…」
「好きだよ」
ずっと黙っていた悠が、一言、そう言った。
カップに落としていた視線を上げると、真っ直ぐにこちらを見る視線とぶつかる。
優しい笑顔が、こちらを向いていた。
「これ、本当に嬉しいから。だから、そんな不安そうな顔しないで」
「イチゴは…」
「好きだよ」
好きかと聞く前に、答えが笑顔と共に返ってくる。
「決めるまで悩んだだろ」
頭を引き寄せられて、肩にもたれる格好になった。
すぐ耳元で聞こえる声が心地よくて、そっと目を閉じた。
「イチゴも好きだけど、やっぱり、一生懸命になってくれるりんが一番好きだよ」
聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフ。
だけどあたしは、その言葉が聞きたかったんだと思う。
「りん、ありがとう」
目を開けると、すぐそばに悠の笑顔がある。
ちょっと笑って、また目を閉じた。
「どういたしまして」
ねぇ、悠。
自分でもどうしようもないくらい、あたしは悠が好きだよ。
決めるまでいろいろ悩んで大変なことは本当だけど、悠の笑顔がその報酬だとすれば、あたしはいくらだっ
て頑張れるんだから。
だからお願い。
その笑顔は、あたしだけに向けていてね。
【 END 】
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