Strawberry Jam @  |
「お兄ちゃんて、ホント迷惑だよね」
知架ちゃんが、レシピを手にリビングへと視線を向けた。
「迷惑なのはお前だ…」
ソファーに沈み込んで、恨めしそうにこっちを見る悠。
部屋には焼いたクッキーの、甘い匂いが漂っていた。
「なんでここで作るんだ」
前髪を掻き揚げるように額に手をやって、天井を仰ぐ。
「おまえ、不器用なんだから買えよ。りんに迷惑かけてまで、手作りにすんな…」
「うるさいな。甘いもの苦手だからって、あたしに当たらないでよ」
今日は日曜日。知架ちゃんとバレンタインのお菓子を作るために、悠の家に来ていた。
料理の苦手な知架ちゃんは、お菓子を作るのも苦手らしくて。あたしに助けを求めてきたってわけ。
あたしだってお菓子作りが得意ってわけじゃないけど、誰かと一緒に作るのは楽しいし。
それに、日曜日だけど悠に会えるからっていうのも理由の一つ。
お菓子を作りに、っていうのが半分。悠に会いにっていうのが、もう半分。
だけど、悠は甘いものが苦手だから。
チョコレートクッキーの甘い匂いで酔ってしまったみたい。
「知架ちゃん、そろそろトリュフに取り掛かろう」
兄妹喧嘩を、苦笑しながらさえぎった。
とりあえずチョコレートクッキーを焼いて。
もう1種類作りたいという知架ちゃんのリクエストに応えて、トリュフの材料も用意した。
「りんさんは大変ですよね。お兄ちゃん甘いもの苦手だから、お菓子ってわけにいかないし」
うーん、と曖昧に返事をした。
甘くないものを用意するつもりなんだけど、あたしはまだ、何にするか迷っていたりする。
「お兄ちゃんて、ホント迷惑!」
もう一度、知架ちゃんが同じことを口にした。
「……うるさい。おまえが作った物を貰う、河神に同情するよ」
また始まった兄妹喧嘩を聞きながら、チョコを刻んだ。
「でーきた!」
知架ちゃんの声が部屋に響いたのは、トリュフを作り始めて1時間ほどたった頃。
ネットで簡単にできるものを探していたから、そんなに時間はかからなかった。
人にあげるんだから味見は必要だよね、なんて笑いながらトリュフを2人で一つずつ口に入れる。
あたしもトリュフは初めて作ったけど、初めてにしては上出来でしょう。
知架ちゃんは用意していたプレゼント用の小さな箱に、出来上がったトリュフとクッキーを並べている。
本当は、せっかく作ったんだから悠にも食べてもらいたかったんだけど…。
甘いものが苦手なんだから、仕方ないよね。
「…できたんなら、さっさと帰れよ知架」
「わかってますよーだ」
包み終わったチョコの箱を小さな紙袋にしまいながら、知架ちゃんがベーっと舌を出す。
「りんさん、お兄ちゃんなんかに何もあげる必要ないよ!」
そんなことを言われても、あたしは苦笑するしかない。
帰る用意をする知架ちゃんを眺めながら、2人に気付かれないようにそっと溜め息をついた。
本当に、今年は何をあげようかな…。
去年はコーヒーミルをあげたんだっけ。あれ見つけるまで、けっこう悩んだんだよね。
今年はコーヒー豆…は、無理か。あたし、コーヒー豆のことなんて知らないもん…。
ブルーマウンテン、モカ、キリマンジャロ、コロンビア…。グァテマラっていうのもあったけど、あたしにはサッ
パリわかんない。
時々悠に付き合ってコーヒー専門店に行ったりするから、名前だけは覚えちゃった。
名前だけ知ってても、何の役にも立たないけどね…。
そんなことを考えながら知架ちゃんを見送って、リビングに戻る。
さて、と。悩むよりも、まずは…。
ソファーに沈み込む悠の前を素通りして、リビングの大きな窓に近付いた。
「…りん?」
あたしがソファーに座るものだと思っていたらしい悠が、不思議そうに声をかけてくる。
「ちょっと寒くなるけど、我慢してね」
鍵を開けて窓を全開にする。
次はキッチンに行って、換気扇をオンに。
いっきに部屋の温度が下がるのを肌で感じながら、悠の隣に座った。
「りん、寒いんだけど」
「もうちょっと我慢」
「2月に窓全開はきついだろ」
苦笑する悠の顔を見ながら、だって、と呟く。
「わかってるけど…、誰かさんが甘い匂いでダウンしてるみたいだから」
あたしの言葉に、悠がちょっと目を丸くする。
知架ちゃんは気付かなかったみたいだけど、あたしは気付いてるよ、ちゃんと。
「少し顔色悪くなってる。悠、そんなに甘いのダメだったの?」
「……隠してたつもりなんだけどな」
少し間を置いて、悠は降参したように苦笑した。
「いつもは匂いだけじゃなんともないんだけどな。今日は部屋に匂いが充満しすぎ」
「作ってるときから窓開けてればよかったのに…」
「風邪ひかれたら困る」
「知架ちゃんが?」
あたしの言葉に、悠はおかしそうに笑う。
「知架じゃないって。何とかは風邪ひかないっていうからね」
それは知架ちゃんに失礼だと思うんだけど…。
「りんが、だよ。なーんか考え込んでるみたいだけど、14日は一緒にいてくれればいいからさ」
ソファーから立ち上がって窓を閉めにいく悠を見ながら、ちょっと苦笑した。
バレンタインに何あげるか悩んでるの、悠にはしっかりばれちゃってたみたい。
つづく >>
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