5.                                           

  俺の予想通り、筒井は秋吉の誘いを拒否していた。
  ただ、最初に秋吉から土曜は空いているかと聞かれて、素直に予定はないと返事をしてしまったせいで、
  断る口実がなくなった。
  俺と同じように、筒井も秋吉に拝み倒されて。結局、首を縦に振ってしまった。
  で、筒井が行くなら、と言ってしまった俺は、こうして撃沈している。
  筒井が陥落しても、なんとか拒否しようとしたけどさ。
  「男に二言はないよな?」と言う秋吉の表情が怖くて、降参した。
  秋吉を怒らせたときの怖さは、中学のときに体験済みだ。
  「あぁ、そうだ。りっちゃん」
  いったん自分の席に戻っていた秋吉が、鞄を掴んで戻ってきた。
  「…何」
  その呼び方はやめろ、と言う気力もない。
  「筒井さんね、土曜は全部律がおごるって条件なら来てくれるんだって。それ、忘れんなよな?」
  ニッコリと俺に笑って、次に筒井に「ね?」と同意を求めるように首を傾けた。
  少し困ったようにうなずいて、それから俺に向けたその目は、巻き込んだ俺が悪い、と言っているようだった。

  「さーて。それじゃ、帰りましょーか」
  1人ご機嫌な秋吉に促され、しぶしぶ立ち上がる。
  「じゃあね、筒井さん」
  筒井に声をかけて歩き出そうとした秋吉が、何かを思い出したように鞄を開けた。
  「…律、靴箱のことで待ってて。職員室寄らなきゃいけないんだった」
  提出すんの忘れてたー、と鞄から出したプリントをヒラヒラと揺らす。
  「あー…、進路調査?」
  「うん、それ。おまえ出した?」
  「出した」
  先に教室を出ていく秋吉を見送って、筒井の方を見た。
  今日中に提出するものなのか、薄い水色の紙に何かを書き込んでいる。
  そのまま眺めていると、俺の視線を感じたのか、それとも俺が立ち止まったままなのが気になったのか、
  書く手を止めて顔を上げてこっちを向いた。
  「…何」
  「帰んないの?」
  「……」
  何も言わずに、また視線を机の上に戻してしまう。
  その様子を見て、小さく溜め息をついた。
  「あのなぁ」
  筒井の前の席の机に投げるように鞄を置いて、椅子に横座りした。
  「俺、何かした?」
  いくら考えてみても、俺に対する筒井の態度が他のやつらと違う理由が分からない。
  初めて声をかけたときから、なんか変だった気がする。ある意味、俺だけ特別扱いだよな。
  嬉しくないけど。
  「……」
  少し驚いたような顔をしてこっちを見たけれど、また何も言わずに視線を机に戻す。
  話もしたくないってか。
  「…ま、いいや」
  態度直せとか、そんなこと言う気はないし。
  「遊園地さえ終われば、あとは関わらないから」
  今度こそ帰るつもりで立ち上がった。
  秋吉のやつ、もう靴箱のとこにいるだろうな。プリント提出するだけならすぐ終わるだろうし。
  きっと遅いって文句言われるんだろうなぁ。

  「……覚えて、ないんでしょ?」
  歩き出した俺の耳に、小さな声が聞こえた。
  立ち止まって振り返ると、どこか寂しそうな表情の筒井と目が合った。
  「何を…」
  「りーつー!」
  言葉の意味を聞こうとした俺の声は、教室に戻ってきた秋吉にさえぎられた。
  「なんでまだ教室にいるんだよ」
  「あー…ごめん。ちょっと話してた」
  結局、筒井の言葉の意味が分からないまま、文句を連発する秋吉と教室を後にした。

  俺は何か、忘れていることがあるんだろうか。