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  「眠い…」
  昨日、ネットやりすぎたか。
  あくびをかみ殺して、自分の席に座った。
  「律(りつ)!うちのクラスに転校生が来るんだって」
  椅子に座った俺に、秋吉(あきよし)が嬉しそうな顔で近づいてきた。
  「…おまえがニヤけてるってことは、女か」
  頬杖を突いて、秋吉の顔を眺める。
  コイツ、顔はいいのにな。女たらしってのが玉に瑕。
  小学校からの付き合いだけあって、顔を見ただけで何考えてるか大体分かる。
  分かったって、嬉しくなんかないけどな…。
  「にやけてないっての。さっき職員室で見たんだけどさ、けっこう美人」
  「へー。そりゃ楽しみだ」
  気のない返事をして、隣の席に視線を移した。
  どおりで隣に机が置かれてるわけだ。
  このクラスは37人で、1列だけが7つ、他5列は6つずつ机が並ぶ。
  窓側の一番後ろ。一つだけはみ出た場所が、俺の席。
  今日は、俺の隣にもう一つ机が置かれていた。
  転校生さんの席ってわけだ。
  「律、せっかく隣の席なんだから仲良くしとけよ?んで、俺のこと紹介してね」
  ……結局それが目的かよ。
  まぁ、いいけどさ。俺だって美人が嫌いなわけじゃない。
  「ほら、席もどれよ。そろそろ担任来るぞ」
  教室の時計を眺めながら、シッシと手を振って秋吉を追い払う。
  と、その時。タイミングよく担任が入ってきた。
  秋吉が言ったように、なかなか美人な転校生を連れて。

  「筒井 彩(つつい あや)です。よろしくお願いします」
  担任からの紹介のあと、教卓の横に立つ彼女は、にこやかに挨拶をした。
  クラスの好奇の目を一身に集めながら、担任に指された席へと歩く。
  「よろしく」
  連絡事項を話す担任の声を聞き流して、隣に座った彼女にそっと声をかけてみた。
  「……よろしく」
  俺に視線を向けて、一拍置いてから呟いた。
  声が小さかったせいか。それとも俺の勘違いか。
  教卓の横で挨拶をした彼女とは、少し違う印象を受けた。
  ついさっきまでの華やかな雰囲気が、一瞬、冷え切ったように感じられて。視線を担任へと戻した彼女の横
  顔を、しばらく観察するように眺めた。


  始業時には全然ありがたくなくて、終業時にはこれ以上にありがたいものはない機械音が、校舎中に響き
  渡った。
  6時間目の終わりを告げるチャイム。
  1日の長い授業を終えて、教師の最後の説明なんかにはお構いなく、みんな帰る準備を始めている。
  あきらめたように授業を切り上げた教師が教室を出て行ったあと、凝りでもほぐすように肩を動かしながら、
  秋吉が近付いてきた。
  「りっちゃーん、カラオケ行かねぇ?」
  「その呼び方やめろって…」
  何度言っても聞かない秋吉に、あきらめ半分で文句を言う。
  「はいはい。で、カラオケは?」
  「…今日はパス。用事あるから」
  拝むように片手を顔の前にあげて、軽くわびる。
  本当は用事なんかないけど…。なんか、気が向かない。
  顔を上げると、秋吉と一緒に行くらしい女子が、何か言いたげな顔でコッチを見ていた。
  その表情に気付かなかったふりをして、さっさと鞄を持ち上げる。
  「じゃあな」
  「嘘吐きりっちゃん、今度は来いよ」
  嘘吐きという部分は小声で言って、秋吉はニヤッと笑って俺を見上げる。
  俺が秋吉の考えていることを表情から読み取れるように、秋吉も俺の表情で分かるらしい。
  「…バレバレ?」
  苦笑すると、当然だろ、という答えが返ってきた。