Dear...

  あなたが言った その一言を
  私の心は 理解することを拒絶した
  呆然とする私に 
  あなたは短く 「さよなら」と告げた



  「どうして…そんなこと言うの」
  私に背を向けて立つ、幼なじみに。小さな頃から、ずっとずっと一緒だった幼なじみに。
  震える声を押し殺して、問いかけた。
  信じられなくて。信じたくなくて   「どうして!やめてよ!!」
  我ながら、もっと別の言い方が考えられないものか。これでは、小さな子供が駄々をこねているようなもの
  ではないか。
  それでも、今の自分にはこんなことしか言えなくて。
  目も前の背中に、拙い言葉で必死に呼びかけることしかできない。
  私の方を見ようとしない、黙ったままの背中は、こんなに小さかっただろうか。
  ずっと並んで歩いていたから。ずっと隣にいたから。
  背中を見るのは、久しぶりかもしれない。


  家に帰ると、ポストに白い封筒が入っていた。
  差出人の名前はなく、切手も消印もない。白い、封筒。
  宛名は私。筆跡は…幼なじみ。
  嫌な予感ほど、当たってしまうもので。
  読み終えた私は、手紙を握り締めて家を飛び出した。
  頭の中は真っ白で、でも、体は勝手に走り続けた。
  手紙に場所なんて書かれてはいなかったけれど。きっとここだと、直感で思った。


  こんな状況でなければ、吹き抜ける風は心地いいと感じられるはずなのに。
  前に立つ背中で揺れる髪が、私の不安を煽り、風は寒風に変わる。
  「待ってよ。考え直して。こっち向いて!」
  もう、自分でも何を言えばいいか分からない。
  言いたいことは山ほどあるのに、頭の中はグチャグチャで。何を、どう言えばいいのか、上手くまとまらない。
  震える呼吸を、大きく息を吸い込んで落ち着かせようと努力する。
  「どうして…」
  さっきから、何度も繰り返した言葉。
  何度も繰り返すことしかできない、無力な私。
  視界が歪み始めるのを、止められない。
  止めたかった。振り向いてほしかった。私の隣に、戻ってきてほしかった。
  ずっと、そばにいたでしょう?
  ずっと、手をつないでいたでしょう?
  私に背を向けることなんて、今までなかったのに。
  「どうして死ぬなんて言うの!」
  叫び声に近かったと思う。
  ボロボロとこぼれてくる涙を、袖でぬぐって。歪む背中を、それでも見つめ続けた。
  「わからないよ、あんたには…」
  決別の言葉。
  初めての拒絶。
  やっと私を見たあなたの顔から、目が離せなかった。
  「あんたには…分かってほしくない。分かっちゃいけないんだよ」
  歪み行く視界の中で、あなたが微笑んだのが分かった。
  涙を、流しながら。
  「…ありがとう」
  ここに来てくれて。
  「…さようなら」
  ずっとずっと、大切だと思っているよ。
  声にならない声を、聞いた気がした。



  ―――どこにいても。あなたの幸せを祈っています。
  ―――大切だよ。誰よりも、何よりも。ずっと、ずっと。
  ―――そばにいないことを、許してください。

  握り締めていた手紙を広げた。
  涙が邪魔をして読めないけれど、そんな言葉を思い出す。
  誰もいなくなった目の前いの空間と。誰もいなくなった、私の隣。
  そこを、ひんやりとした風が、吹き抜けていった。



  今…、どうしているんだろうね。
  私は…まあまあ、元気です。
  時々、あなたの笑い声が聞こえた気がして、周りを見回してしまいます。
  どこにいても、私を見ていてくれるんでしょう?
  私の幸せを、祈っていてくれるんでしょう?
  あなたがそう言ってくれたように、私も祈っています。
  どこにいても。どんなに離れていても。もう二度と、会えないんだとしても。
  何よりも、誰よりも。
  大切だよ。大好きだよ。
  だから、あなたにも。いつか幸せが訪れますように。
  いつかどんな形でも、幸せになってくれることを、心から祈っています。

  親愛なる、幼なじみへ。



  ++END++


     あとがき