手紙と屋上                                     

  学校に行くと、机の中に手紙が入っていた。
  果たし状なんてふざけたものじゃないことくらい、すぐに分かる封筒。
  そこには女の子の字で、俺の名前が書いてあった。
  近くに誰もいないことを確認して、それを開ける。念のため、机の上に鞄を置いて隠して。
  教室で読むのは、よくないとは思うんだけど。
  前に家に帰ってから読んだら、呼び出しはその日で、あせったことがある。
  わざわざ手紙を読むためだけに屋上とか行くのは面倒だし…。

  時々、こういう風に手紙をもらうことがあって。相手の子には悪いけど、ため息をついてしまう。
  俺、彼女いるんだけどなぁ…。
  けっこう有名でしょ、りんと一緒に帰ってるの。
  りんに言わせると、付き合ってるフリなんだから毎日じゃなくてもいいらしいけど。
  俺は、そんなふうに思わない。
  2人でいられる貴重な時間だよ。それが15分弱の短い間でも、ね。
  なんて、そんなことをりんに言ったりしないけど。
  それに、2人で帰るのはさ…。
  りんは俺の彼女だって、見せつけてやりたいのもあるんだから。
  りんは自覚ないみたいだけど。けっこう人気あるんだよ?
  そこのとこ、もうちょっと分かってくれないかな。

  手紙を読み終えて、元通りに封筒に入れる。
  明日、ね。
  今日の帰りに、りんに言うの忘れないようにしなきゃなぁ…。
  小さくため息をついて、外に視線を投げた。

  明日は、一緒に帰れない…。




  指定場所の屋上に行ってみると、すでにそこには女の子がいて。
  俺が声をかけると、振り返った相手は3年だった。
  顔は知っている。けど、名前は知らない。
  相手は頬を赤く染めて、「あのっ…」と切り出した。

  俺のことを好きだと言ってくれるのは嬉しい。誰だってそう思うとだろ、普通さ。
  それでも、やっぱり俺は……。
  いつものように、できるだけ優しく聞こえるような声で、断った。
  ありがとう。
  でも、ごめん。
  俺のことを好きだって言ってほしいのは、一人だけだから…。


  3年の先輩を先に帰らせて、俺は貯水タンクの所へ登った。
  学校で一番高い場所。
  一番高いからか知らないけど、ここにいると気分がいいんだよね。
  見晴らしも最高なわけだし。
  ゴロンと横になったとき、屋上のドアが開く音がした。足音を聞く限りでは、来たのはおそらく2人。
  屋上に来る必要性なんて限られてるから、きっと俺と同じ理由なんだろうな。
  起き上がると見つかるかもしれないし。とりあえずこのままで様子をみるしかないか。
  ここに登ってくることは、まずないだろう。

  少しの間、沈黙が続いていたけれど。
  「あの…話って何ですか?」
  ふいに聞こえた声に、驚いた。
  りんだ。
  いい気分で空を眺めていたのに、そんなものはどこかへ吹き飛んだ。
  無意識に耳を澄ましてしまう。
  りんを呼び出したのが誰か気になったけれど。
  相手の顔を見ようとすれば、絶対に俺も見つかってしまうだろうし。
  少し苛々しながら、空を睨みつけた。

  りんを呼び出したヤツがいなくなってから、声をかけた。
  イラついていたことを悟られないように、気をつけながら。
  「聞いてたの?」
  「俺もここに呼ばれたんだよ」
  「悪趣味。いるなら何か言ってよ」
  りんに軽く睨まれたけど、苦笑して受け流す。
  そして、俺の隣に登ってくるように手招きをした。
  できるだけ近くにいてほしくて。

  「ここにいると、なんだか気分いいね」
  りんがそう言ったとき、無性に嬉しくなった。
  「だろ?さぼるときはここに上るんだ」
  「えー?さぼってるのー?」
  「たまにだよ。眠くてたまんない時とかさ」
  クスクスと笑うりんを見ながら、とぼけてみせる。
  でも、りんの次の言葉に驚いた。
  「…次さぼるときは、あたしも呼んでよ」
  ビックリして、言葉に詰まる。
  りんは、さぼったりしなさそうなイメージだったから。
  「…ダメ?」
  心配そうな表情で言うりんが、すごくかわいく思えて。
  「いいよ、りんとなら」
  もちろん、俺は笑顔でそう答えた。


  帰るときに、ちょっとりんを怒らせてしまったけれど。
  それを笑って流しながら、手をつないで歩いた。

  たった一言で、俺を喜ばせることができるのは。
  やっぱり、りんだけなんだよ。


  そう思いながら、つないでいるりんの手を、ぎゅっと握りしめた。