ささやかな願い 【1000hit 御礼小説】                     

  『お兄ちゃん、りんさんといると雰囲気変わるね』
  りんを家に呼んで、知架と河神に会わせた日の夜。
  そんな内容のメールが妹から届いた。



  「お兄ちゃん、彼女いないの?」

  日曜日。妹がいろいろと実家から食べ物を持ってきていた。
  俺は一人暮らしだけど、実家は同じ県内にあったりする。
  実家から高校が遠いっていう理由で、一人暮らしになった。
  時々こうやって、母親に頼まれた妹が荷物を抱えてここに来たりして。
  まあ、こいつは帰る途中で買い物するのが一番の目的なんだろうけど。

  「ねえ。いないの?彼女」
  荷物を食卓テーブルの上に置いて、同じ質問を繰り返す。
  「…なんで?」
  ただ眺めるだけだったテレビの画面から、妹へ視線を移した。
  「だって。休みなのに家にいるんだもん」
  妹のセリフに苦笑する。
  まあ、こいつはよく出かけるみたいだからね。
  「彼女いるんだったら一緒に出かけるでしょ、普通」
  普通、ね。俺とりんは、ちょっと普通じゃないからな。
  なんて、そんなことは言えないけど。
  「…いるよ」
  短い返事を返す。
  毎日、学校から駅までの間を一緒に帰るだけなんだけど。一緒にいる時間はそれだけ。
  のんびり歩いても、ほんの15分程度の時間。
  それでも、けっこう俺にとっては貴重だったりするんだ。
  クラスが違うし、電車の方向も逆だし。
  休みの日に会ったのだって、まだ1回だけ。
  それも仕方ないかな、とは思うけど。ほら、俺とりんは偽物の彼氏彼女だから、ね。
  少なくとも、りんの中ではそういう事になっているから。
  俺の中では…偽物とか本物とか、そんなの関係ないんだけど。
  「いるの!?」
  妹が、ちょっと驚いた声を上げる。
  何だよその反応は。
  また苦笑して、妹を眺めた。
  「知らなかった!いつからいたのー?」
  いるなら教えてよ、と頬を膨らませる。
  「…3ヶ月くらい前から」
  今日の日付を思い出しながら答える。
  もう、3ヶ月たつんだ。早いね。
  2人で一緒に帰り始めた頃は、りんはいつも緊張してたっけ。
  今じゃ慣れたみたいで、普通に会話してるけど。
  あの時は俺だってけっこう緊張してたんだ。まぁ、それを悟られないように注意してたけど。
  「どんな人?」
  どんな…ねぇ。
  「…きれいだよ」
  なんでそんなこと聞くんだ?
  テレビに戻していた視線を、ゆっくりと妹へ移す。
  妹の顔を見て、嫌な予感がした。こいつは、思っていることがすぐに顔に出るタイプだから。
  一緒に育ってきただけあって、見ればだいたい、何を考えてるか分かるんだよな…。
  「会ってみたい!!」
  ほら、出た。やっぱり…。

  それから約1ヶ月の間、渋りに渋って。結局、俺が負けた。
  俺の部屋にりんを連れてくると、妹に約束させられた。


  りんと会わせたときの、知架と河神の反応はおもしろかった。
  2人とも、ぽかんとした顔しててさ。何回も言ってただろ、りんはキレイだって。
  りんは困ってたみたいだけど、俺はちょっと優越感を感じてたりしたんだけど。
  この1ヶ月の間に、知架に何度も「どんな人?」と聞かれて。
  そのたびにキレイだとか、はぐらかして答えてきた。
  それを、知架のヤツは「いつもりんさんのこと話してるんですよ」とか言い出して…。
  俺がりんの話題を振ったことなんてないだろうが。いつも切り出すのは知架の方だ。
  たく。おかげでりんに文句を言われる羽目になったんだ。
  でも、まぁ。悪いことばかりじゃなかったんだけど。
  りんの方から「水族館に行きたい」なんて言われたときは、ビックリした。
  初めてだったから。りんがそういうこと言ったのは。
  知架と河神が一緒ってのは計算外だったけどな…。
  まぁ、こういうときは河神と手を組むのが、一番手っ取り早い。
  あの水族館はオープンしたばかりで、おまけに日曜だから混んでるよな。
  それなら、河神と知架には途中ではぐれてもらおう。やっぱり俺は、りんと2人でいたいからね。
  きっと、りんはすねるだろうけど。まぁ、何とかなるだろ。
  りんのすねた顔を想像して、笑みがこぼれた。
  今日はりんのいろんな表情が見れて、楽しかった。日曜日はどんな顔が見れるんだろう。
  もっともっと、りんのことが知りたいと思ってしまう。


  『お兄ちゃん、りんさんのこと大事にしなきゃだめだよー』
  メールの最後には、こう書かれていた。
  読んで、自然に笑ってしまう。
  「当然だろ」
  一言。
  顔の見えない妹に、そう言ってやった。