一番、甘いもの
                            

  「どうしよう…」
  ここ数日、あたしは頭を悩ませていた。
  なんでって…、バレンタインだから。
  もちろん、悠にあげるつもりなんだけど…。何をあげるかって言うのが、大問題。
  だって。悠は甘いものが苦手なんだもん。
  とりあえず、手作りのお菓子は却下。
  ご飯を作ってあげるっていうのもなぁ…。
  悠の家に遊びに行ったとき、ご飯は作ってあげたりするから。“特別”っていう感じがしないし。
  どうしようかと迷いながら、お店を見て回ることにした。
  手作りにしても、買うにしても、何か良い考えが浮かぶかもしれないし。

  手作りじゃなくても、やっぱりあげるからには喜んでもらいたい。
  バレンタイン直前ってだけあって、どこのお店もすごく華やかだった。
  店頭には、色とりどりのチョコレートの箱。
  それらを眺めながら歩いていると、最近オープンしたばかりのお店の前に来た。
  「そういえば…」
  ふと呟いて、そのお店に入ってみることにした。



  「…ねぇ、りん」
  「何?由美」
  バレンタイン当日。
  教室を移動するために廊下に出たあたしに、由美が声をかけた。
  もちろん、なんで声をかけたかなんて、あたしにだって想像がつく。
  「大野くん、またチョコ渡されちゃってるよ」
  悠のクラスから遠ざかりながら、由美が後ろを振り返る。
  「……」
  「人気、だね」
  知ってるよ、そんなこと…。
  「りんはいつ渡すの?大野くんに」
  「今日、悠の家に行くから。そのとき渡そうかなって」
  ふーん、と言いながら、また由美が振り返る。
  「あ。大野くん断ったみたい」
  廊下の角を曲がりながら、由美が楽しそうに笑った。


  いつもどおり、帰りは2人で並んで歩いた。
  何人か、悠に声をかけてきたけれど。そのたびに「ごめんね」と、悠はあしらっていた。
  「…貰ってあげればいいのに」
  断ってくれて本当は嬉しいのに、そんなことを言ってしまう。
  「貰った方がよかったの?」
  そい言いながら、隣りから悠が顔を覗き込んできた。
  「…よくない」
  あたしの返事なんて分かっていたように、楽しそうに笑う。
  「もう」
  上目遣いで悠を見て、呟いた。

  悠の家に着いて、ソファーに座るように言われる。
  いつも、悠がコーヒーを淹れてくれるのを、ソファーに座って待つんだけど…。
  「悠、ちょっと待って」
  コーヒーを淹れようとする悠を止める。
  「コーヒーより先に、これ」
  バレンタインチョコの変わりに買ったものを差し出した。
  「お菓子じゃないから、安心してね」
  あたしが笑いながら言うと、悠は苦笑した。
  「ありがと。開けていい?」
  うん、とうなずいて、並んでソファーに座る。
  悠が包装紙を取っていくのを、少しドキドキしながら見ていた。
  喜んでくれるだろうか。
  「……」
  中身を見た悠は、何も言わない。手に持って、眺めているだけ。
  「あの…気に入らなかった?」
  けっこう悩んだんだけど…。
  不安になってそう言うと、悠の腕が伸びてきてあたしを抱きしめた。
  「気に入らないわけ、ないじゃん」
  耳元で、悠の嬉しそうに囁いた。
  あたしが買ったのは、コーヒーミル。
  悠はコーヒーが好きだから。いつもコーヒーを淹れる時は、まず豆を挽く。
  悠が使っているのは電動の物で、あたしが買ったのは手動式。
  上についた取っ手をクルクルと回して豆を挽くの。
  ちょっと面倒なんだけど、その代わりにすごく良い香りがする。
  それに、手動のは電動のと違ってインテリアになったりもするからね。
  「ありがと。すごい嬉しい」
  喜んでもらえたみたいで、ホッとする。
  悠に抱きしめられたまま、どういたしまして、と囁き返した。


  「…ねぇ」
  「何?」
  「いつまでこうしてるのよ!」
  ずっと抱きしめられたままで、さすがに恥ずかしくなる。
  「いいじゃん」
  「よくない」
  あたしが暴れるように動くと、悠は渋々体を離した。
  「じゃあ、このミルでコーヒー豆挽こうか」
  ローテーブルに置いていたミルを持ち上げる。
  挽いた豆を取り出す、小さな引き出し部分を開けながらあたしを見た。
  「きっと、いつもより美味しいよ」
  嬉しそうに笑う悠に、あたしもつられて笑う。
  そして。
  そっと引き寄せられたあたしは、ゆっくりと目を閉じる。
  お菓子なんかよりも甘いものを、あたしが、貰ってしまった。