77. わかれ道

  「…なんだよ、それ」
  眉間にしわを寄せて、細めた目であたしを見る視線が痛い。
  「なんで勝手に決めてんだよ」
  だって…。
  「しかたない、でしょ…」
  「近くの大学にするって言ってただろ」
  「近くじゃ行きたい学部がないの」
  「じゃあ!…ッ」
  続けようとした言葉を、飲み込んだのが分かった。きっと、学部変えればいいだろって言いたかったんだ。
  言わないのは、それが自分のわがままだって自覚があるからなんだよね。
  「…会えないじゃん、遠かったら」
  感情を押し殺したような静かな声で、代わりの言葉を呟いた。
  「そうだね」
  そう、だね…。
  「それだけかよ」
  抑え切れていない怒りが、空気を伝ってあたしにぶつかる。
  「…美羽子にとって俺は、その程度の存在だったってことか」
  「あたしは…」
  「いいよ、もう。……さよなら、“先輩”」
  吐き捨てるように言って、あたしの隣りをすり抜けていく。
  だけど、あたしは引き止める言葉を持っていなくて。ただ、遠ざかる足音を聞いているだけ。
  きっとどんな言葉も、いいわけにしか、聞こえない…。







  「で、その後輩君とはそれで終わり?」
  「うん」
  「なにそれ。そのまま受験して、卒業してきちゃったわけ?」
  「うん」
  大学のカフェテラス。窓際の席に座るあたしの正面には、呆れの顔の友達。
  わかってるよ。あたしが馬鹿だったってこと。
  何か、言えばよかった。
  たとえいいわけにしか聞こえなくたって、あたしの気持ちをちゃんと伝えればよかった。
  そうしていれば、大学に受かった時にも物足りない気分を味わうことだってなかったかもしれないのに。
  「じゃあ、過去を引きずっちゃってる美羽ちゃんに誰か紹介してあげる」
  「は?ちょっと待って、何でそんな話になるの?!」
  あたしは男の人を紹介してもらいたいわけじゃない。
  「やめてってばー!」
  早速誰かに電話し始めた友達を悲鳴に近い声で止めようとしても、ヒラヒラと手を振り返されるだけ。
  あぁ、やっぱり話すんじゃなかった。

  少し話して、ちょっとごめんねー、なんて言いながら彼女はカフェから出て行った。
  「…やめてよ、ホントに」
  「やめろよ、マジで」



  人は誰かと、ずっと一緒に居続けることなんかできなくて。
  真っ直ぐな道の先には、必ず、分かれ道があるんだ。
  右は、あんたの道。
  左は、あたしの道。
  つないだ手を離さなきゃいけない時が、絶対に来るんだと思う。



  「准哉…」
  「付き合うだけ無駄。どうせ長続きなんかしねーよ」


  でも、たとえ道が分かれたとしても。


  「美羽子は、他のヤツとなんか絶対付き合えないね。だから…」
  「…だから?」


  その時に、手を離したとしても。


  「俺にしといて」
  「どう、しよっか…なぁ」


  2つの道の先を同じ道につなぐことだって、できるんだよね。


  「バーカ」
  あたしより大きな手が、頭をポンと叩いた。
  「泣きながら言うセリフじゃねーだろ」
  「そうだね」

  准哉じゃなきゃ、ダメみたいだよ。