73. 再会の日

  家の庭に植えた花が、綺麗に咲いた。
  一生懸命手入れをして。そうして咲いた花を見ていると、すごく嬉しくなる。
  数年前のあたしは、花なんて育てられなかった。すぐに水遣りも忘れるし、枯らしてばかりで。
  でも、両親の墓に供えようと、今は一生懸命になっている。
  こうやって頑張って何かをしている姿を見れば、きっと両親も安心できるんじゃないかと思って。
  人は変わっていくんだな、なんて。時々、そう思う。

  立派に咲き誇る花を、ごめんねと心の中で謝りながら切り取った。
  数種類の花で小さな花束を作って、家を出る。
  行き先は近くの墓地。父と母が眠る場所。
  胸に抱くように花束を持って歩いていると、茶髪の男の人とすれ違った。
  立ち止まって、その後姿を見る。
  違う。
  小さく溜め息をついて、空を見上げた。
  もうすぐ3年。
  あの時出逢った彼は、あれから一度もあたしの前に現れていない。
  名前も知らない。住んでいる所も知らない。
  だけどあたしは、今でも彼を探している。
  会いたいと、願い続けている。


  3年前、両親の墓の前でうずくまっていたあたしに、彼は声をかけてきた。
  茶髪で、左耳にはピアス。たしか、右耳にはピアスがなかった。
  片方だけのピアスと、その深い青い色。
  妙に印象に残っているこの2つが、今も探している彼の目印。
  もう今はピアスの色も髪の色も、あの時とは違っているかもしれないけれど…。
  彼に会えたら、あたしはどうするつもりなんだろう。
  何を、言おうとしているんだろう。
  そもそも、彼はあたしのことなんか忘れているかもしれない。
  もう3年もたつ。その可能性も捨てられない。
  だけど、これからも…すれ違う男性を見て、彼じゃないことに小さな落胆を覚える日々は続くんだと思う。
  彼と再会することがない限りは。

  お墓に手を合わせて、心の中で両親に話しかけた。
  今日持ってきた花も、庭に植えてあるものだよ。
  もちろん、あたしが育てたの。
  いつもと同じ言葉から始まって。元気だということを伝えて。
  話し終わっても、あたしは少しの間しゃがみこんで時間を過ごす。
  こうやって、ここにいれば…。
  また、あのときのように話しかけてくれるかもしれないと。
  探している人を待つ。
  そんなことはないって、分かっているんだけれど。
  自分で自分に苦笑して立ち上がるのを、飽きるほど繰り返した。

  今日も会えないなと顔を上げたとき、人影が視界に入った。
  茶髪の、男の人。
  その横顔に、思わず息を呑んだ。
  少し離れた場所に立つその人の方へと、勝手に足が動き出していた。
  もしかして…。
  でも、まさか…。
  期待と、人違いだというあきらめと。2つの感情を抱えながら、少しずつ距離を縮めていく。
  けれど…。
  「あ…」
  振り向いたその人の顔は、あたしが探している人のものではなかった。
  …違った。
  彼じゃ、ない。
  呼び止めようと開けた口を、ゆっくりと閉じて。ぎゅっと目をつぶった。
  やっぱり、もう会うことはないんだろうか。
  もう、会えないんだろうか…。


  次に目を開けたとき、人違いだった男性の背中はだいぶ遠くにあった。
  いつまでも立ち止まってはいられない。
  小さく溜め息をついて、吹っ切るようにさっと後ろへと体を向けた。
  「…ッ!!」
  勢いをつけて方向転換したあたしは、後ろにいた誰かに思い切りぶつかってしまった。
  「すみません!」
  真後ろに誰かがいたことに驚きながら、反射的に謝った。
  下に向けていた視線の先には、男物の靴。
  そばに誰かがいることにも気付かないほど、あたしは落胆していたんだろうか。
  そのまま脇をすり抜けようとしたあたしの耳に、静かな声が届いた。


  「久しぶり」


  わずかに笑いを含む、心地いい声音。
  「…覚えてる?」

  ゆっくりと。
  ゆっくりと、振り向いた。

  あたしを見下ろす彼は、あのときよりも背が伸びていた。
  微笑む顔も、3年前よりも大人びている。
  髪型も、髪の色も、雰囲気も、記憶とはちょっとずつ違う。



  だけど…。



  片方だけのピアスと、その深い青い色。

  変わらない、彼の目印。