71. 希うのは                                   

  「え?クリスマスパーティー?」


  悠と歩いている途中で、携帯が震えた。
  着信は知架ちゃんからで、電話に出るといつもの元気な声が聞こえてきた。
  そして、「クリスマスパーティーしませんか?」と言われたのだ。
  “クリスマス”という単語に、悠があたしを見る。
  小さな声で「知架ちゃんから」と言うと、悠は渋い表情になった。

  「クリスマスがなんだって?」
  電話を切ると、相変わらず渋い表情のまま悠が言った。
  「24日の夜にね、パーティーしようって」
  「誰と」
  「知架ちゃんと、河神くんと、悠と、あたし」
  指を折って数えながら、答える。
  「どこで」
  「悠の部屋。広いしね」
  あたしの部屋だと、パーティーするにはちょっと狭いもん。
  「なんで」
  「クリスマスイブだから?」
  ちょっと首をかしげて言うと、はぁ、と悠がため息をついた。
  「25日じゃないんだ、クリスマスって言いながら」
  「うん。25はお兄ちゃんのために空けてあげる、って言ってたよ」
  あげるってどういうことなんだろうと思いながら、知架ちゃんの言葉を繰り返した。
  はぁ、とあからさまにため息をついて、悠があたしを見る。
  「…りんは賛成なんでしょ?」
  「うん」
  即答すると、あきらめたように苦笑した。
  「しかたないか。でも、25は…」
  「もちろん、二人で過ごすんでしょ」
  あたしが笑うと、悠がホッとしたように笑った。
  「で?パーティーって、料理とかはどうするの?」
  「あたしと知架ちゃんで作ろうって、電話で話してたんだけど」
  何気なくそう言うと、悠が固まった。
  表情も、笑顔が消えて引きつっている。
  「…知架が…作るって…?」
  「う、うん」
  どうしたんだろう。
  何か変なこと言ったのかな、あたし。
  「ちょっと、悠?」
  明らかに様子がおかしいから、悠の腕を引っ張って立ち止まる。
  「どうしたの?」
  いぶかしむあたしに、呟いた。
  「知架の料理は……食べ物じゃない…」



  目の前の光景を眺めながら、悠の言葉を思い出した。
  “食べ物じゃない”
  その時は、失礼なこと言うなぁって思ったんだけど…。
  これは、想定外だったわ。
  流行語に選ばれた、どこかのIT企業の社長の言葉がピッタリだった。
  悠と知架ちゃんのリクエストで、ホワイトシチューを作っていたはずなのに。
  鍋の中は白くない。むしろ茶色に近い。
  サラダに盛ろうと思っていたトマトは、まな板の上でつぶれて、赤く広がっている。
  遠めに見れば、ちょっとグロテスク…。
  他にも、いろいろと食材や料理器具が散乱していたりして。
  実家のコックに作り方を教わったターキーは、あたしが作っていたんだけれど…。
  ちょっと…怖くなって来た。
  「すごいだろ、アレ」
  いつの間にかそばに来ていた悠が、あたしの耳元で囁いた。
  あたしはキッチンの惨状から目を離せないまま、黙ってうなずくしかない。
  知架ちゃんも、この惨状を見て落ち込んでいるのが分かる。
  あたしからは後姿しか見えないけれど、どこか哀愁が漂っているような感じ。
  これは…。
  「知架ちゃんは…部屋の飾りとか、テーブルの用意とかした方が…」
  未だに顔を近づけたままの悠に、あたしも囁き返した。

  結局、知架ちゃんは部屋の用意に回った。
  その代わりに、今あたしと並んでキッチンにいるのは悠で。
  「知架は河神に任せたから」なんて、言ってのけた。


  料理とケーキと飲み物をテーブルに並べて、パーティーを始めよう。
  今年は今年の、楽しさを詰め込んで。
  来年はと、未来に思いをはせながら。
  今、この瞬間を心に留めて。
  去年とも来年とも違う、自分たちの今の笑顔を溢れさせて。
  同じクリスマスは、二度とは来ないから。
  今日と言う日が、忘れられない思い出になるように。

  「りん」
  「なに?」
  「来年は、どんなパーティーにしようか」

  窓ガラスの向こうで、静かに舞い降りる白い結晶を眺めながら思う。
  どうか、来年も。その次も。
  あたしの隣りにいる人が、変わらずそばにいてくれますように。


  Happiness Feeling With You, Unforgettable Winter...