24. 中身は何 |
あなたが言う「好きだよ」という言葉に、どれくらいの重みがあるのだろう。
もし、その言葉を箱に例えるとすれば。きっとその箱は、中身のないカラの箱。
ねぇ。あなたからの「好きだよ」に、あたしは重みを感じられないの。
何個も空箱をもらったって、嬉しくないんだよ。
もらうたびに、悲しさがつのっていくの。
もう、いらないから。
これ以上、欲しくなんてないから。
だから、さよなら。
あたしから、そう言うから。あなたは黙って、うなずいてね。
「千代先輩…どうかしたんですか? 」
サークルで使う講義室で一人でボーっと外を眺めていると、静かに声をかけられた。
「…休講になっちゃってね。ここで時間つぶしてたの」
振り向いて、声をかけてきた人物を確認してから言った。
今日の最後のコマが、突然休講になってしまったのだ。
やることもなくて、とりあえずここにいる。
「そういう西原くんは?今、授業中でしょう」
壁の時計を見ながら尋ねる。
「俺は、自主的休講です」
笑いながらそう言って、あたしの前の席に横座りした。
「自主的、ね。簡単に言うと、さぼりってわけか」
彼の笑顔につられて、あたしも笑う。
大学なんて、そんなもの。全てが自分の責任において回っている。
高校までとは、全然違う世界。
「それとね、先輩」
肘をついて、手にあごを置いた格好で、あたしを見ている。
「何かな?後輩くん」
椅子の背もたれにもたれて、笑いながら聞き返す。
「さっきの“どうかしたんですか?”って、ここにいる理由を聞いたんじゃないんですよ」
それ以外に、どういう意味があると言うのだろう。
首をかしげながら、問い返す。
「…じゃあ、どういう意味?」
あたしがそう言うと、彼の顔から笑顔が掻き消えた。
「泣きそうな顔して、どうかしたんですか? …って意味」
「……」
言葉に詰まって、あたしも笑うのをやめた。
「…そんな顔、してないわよ」
「いいえ。してました」
否定しても、それを否定される。
今のあたしには、これ以上否定なんかできなくて。
結局、彼の顔を見たまま黙り込んだ。
「別れたんですか…信也先輩と」
短い沈黙のあと、ポツリと彼は言った。
小さな声で、どこか悲しそうに。
「……うん。別れた」
さっき。この場所で。
今、西原くんが座っている場所に、信也が座っていた。
あたしから別れを切り出して。
ずっと黙っていた信也は、何も言わずに出て行った。
「本当は、俺…聞いちゃってたんです」
肘をついていた腕を机から下ろして、うつむいた。
「ここに来たら、千代先輩と信也先輩がいて…。とっさに隠れたんですけど」
彼の、うつむいた横顔を黙って見つめていた。
なんでそんなこと言うんだろう。黙っていれば分からなかったのに。
内心、苦笑した。
「まだ、信也先輩が好きなんでしょ?」
ゆっくりとあたしを見た彼は、寂しそうに笑った。
「信也先輩、何も言わなかったじゃないですか」
それとも、うなずいたんですか?と続けた彼に、首を横に振って否定する。
信也は何も言わなかったけど、うなずきもしなかった。
「それなら、もう1回だけ信也先輩と話して…」
「終わったんだよ、もう」
後輩の言葉をさえぎって、言い切った。
信也は何も言わなかったけれど、拒否もしなかった。
それが全て。
下に向けていた視線を、正面に戻した。
もう一度、「終わった」と言おうとしたとき、ガタッという音が講義室に響いた。
驚いたあたしと西原くんの視線の先には、怒ったような表情の信也が立っていた。
「西原、ちょっと席はずせ」
あたしたちに近づきながら、信也がそう言った。
西原くんは、「ね?」というように笑って立ち上がった。
西原くんと入れ替わりで、正面に信也が座っている。
「…なに?」
椅子に横座りした彼は、あたしを見ずに壁の方を見ていた。
黙ったまま、睨むように。
「……忘れ物でも、したわけ?」
沈黙が苦しくて、どうでもいいことを口にする
どうして戻ってきたの、とか。
もっと大切なことは、きけなかった。
ほんの数分の沈黙のあと、信也が口を開いた。
「…あぁ。忘れたな」
あたしを見ずに、吐き捨てるように言った。
「……じゃあ、それ取って帰ったら」
精一杯冷たく言って、立ち上がる。
2人でいると、息が苦しい。窒息しそうな錯覚を覚える。
コトッと小さな音がして、信也に視線を戻した。
「これ。渡すの忘れてた」
机の上には、小さな箱。
マンガとかなら、ここで指輪が出てきたするんだろうけれど。
置かれた箱は、どこにでもあるような茶色の紙製。
指輪を入れておくような箱とは、程遠い代物だった。
信也が睨むようにあたしを見て、短く「座れよ」と吐き捨てるように言った。
少しためらって、再び椅子に座る。
「…何これ」
「カラ箱」
そう返事して、開けてみろと言う。
カラだって言っておきながら、開けろもないものだ。
箱に手を出さずに信也を見ると、早くしろとでも言うように睨まれた。
はぁ、とため息をついて箱を取る。
カラ箱だというとおり、軽い。
開けて見ても、当然何も入ってはいなかった。
「何がしたいのよ」
そう言いながら顔を上げると、すぐそばに信也の顔が近づいていた。
次の瞬間には、唇が重なっていて。
逃げようとしても、後頭部に手を回されているせいで動けない。
そのとき、手の中の箱にコトッと何かが入れられたのを感じた。
やっと開放されて見た信也の顔は、相変わらず怒っている。
「俺の言葉がカラ箱みたいだって言うんなら…」
あたしの手から箱を取り上げて、中を見せるように傾けた。
「今から入れていけばいいだろ」
小さな茶色の箱に、銀色のリングが入っていた。
「別れるなんて、認める気ないからな」
ゆっくりと歪んでいく視界の中で、信也が笑ったのが見えた。
ずっと、信也の言葉はカラ箱のようなものだと思っていた。
何も入っていない、ただの箱。
だけど、ちゃんと信也はあたしにくれていたんだ。
何もくれなかったわけじゃない。
“箱”を、渡してくれていた。
その箱を2つ、取り出して。
「ごめんね」と「ありがとう」を詰め込もう。
「ありがとう、信也」
「バーカ。ここは“大好き”とか言うとこだろ」
「嫌だよ」
「おい。嫌ってどういうことだよ、千代」
「信也が言ってよ」
「嫌だね」
「何それ」
2人で顔を寄せ合って、笑った。
|
|