10. 名前を呼んで                                

  俺のことを見て。

  俺の名前を呼んで。

  それだけのことが、何よりも嬉しい。


  今日はりんの提案で、新しくできた水族館に来ていた。
  知架と河神という、俺にとってはかなり邪魔な2人も一緒にってのが気に入らないけど…。
  まぁ、結局は河神と示し合わせて、別行動に持ってきた。
  りんの抗議は、にっこり笑って受け流す。
  俺にとっては2人でいるってのが、最重要事項なんだよ。
  計画通り2人になれて満足してる。手まで繋いでるから、余計にね。

  「ねぇ、悠の誕生日っていつ?」
  水槽を見ながらゆっくり歩いていたとき、りんが突然そんなことを言った。
  「いきなり、どうしたのさ」
  それまでの話題とは全然違う言葉だったから。
  俺を見上げるりんを見て、そう聞き返していた。
  「だって。この間のお昼のこと、今思い出したんだもん」
  りんの言葉に、あぁ、とうなずいた。
  来週の土曜はりんの誕生日で。その日には予定を入れるなと言いに行ったんだ。
  それで、なんで俺がりんの誕生日を知ってるのかっていう話になった。
  たぶんそのときのことを思い出したんだろう。
  「あたしは悠の誕生日を知らないんだもん」
  「そういう話したことなかったからな」
  「悠は由美に聞いて、あたしの誕生日知ってたのに」
  りんは、ちょっと頬を膨らませている。その顔を見て、ちょっと笑った。
  「驚かせたかったんだよ」
  その日に用事を入れられると困るから、知っているのをばらすことになったわけで。
  希望としては、当日に驚かせたかったんだけどね。
  「ねぇ、誕生日いつなの?」
  もう、過ぎちゃった…?と、少し心配そうに上目遣いで俺を見る。
  「まだだよ。俺9月生まれだから」
  りんの方が誕生日が早いんだ。2ヶ月弱、ね。
  「そうなんだ。何日?」
  と、言いながら手帳を取り出した。

  「…りん?」
  手帳に俺の誕生日を書き込んで、そのまま手帳を見続けている。
  「どうしたんだよ。いきなり黙りこくって…」
  「ごめんね、誕生日知らなくて」
  何かを失敗してしまった時のような表情で、そう言った。
  「なんで謝るのさ」
  繋いだ手を、ぎゅっと握りながら笑いかける。
  「言っただろ。これから知ればいいじゃんって」
  「……うん」
  りんは小さくうなずいて、微笑した。
  誕生日とか、本当はそんなものどうでもいいんだ。
  りんと話をして。一緒に帰って。
  今はそれで十分だから。
  俺の名前をりんが呼んでくれるだけで、嬉しくなったりするんだよ。


  だから、これからも。

  俺のことを見て。

  俺の名前を呼んで。

  それが、何よりも嬉しいから。